ちぃと犬

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ある日の2時間目。 先生は目一杯の笑顔でこう言った。 「今日の宿題は家族の似顔絵を書くことです。自分が家族だと思ってる人なら誰でも構いませんよ」 家族だと思ってる人…。 最初にじいちゃんと海の顔が浮かんだ。 それから父ちゃんと母ちゃんの顔を思い浮かべようとしたけど、ボヤけて曖昧だった。 どうしてこんな宿題出すんだろう。 家族がみんな幸せで仲良しなわけじゃないのに…。 家に帰ってクレヨンを握ってみても描けない自分が嫌だった。 俺は宿題を諦めて友達と川に遊びに出かけた。 「算数のプリント出されるより簡単だよ」 笑いながら誰かが言う言葉を、俺は聞こえないフリをして川沿いを歩いた。 手の平の中で河原の石を握りしめてみる。 誰かに投げつけてやりたい。 イライラした気持ちを押さえうつ向く。 「あ!いじめられっこのちぃだ!」 そんな言葉にふと顔をあげると、びくっと肩をすくめたちぃが一瞬見えた。 足元には犬がいる。 面白いおもちゃを見つけたように、周りにいたみんながあっという間にちぃを取り囲んだ。 「ちぃが変な耳の犬連れてるぞ」 茶色の耳をした犬を指さして笑う。 「礼於は変じゃないもん!」 その犬をかばうように抱きしめてちぃが必死に反抗する。 やめろよ。 そんな言葉が頭をよぎる。だけどその言葉は喉の奥に詰まったまま出てこない。 止めなきゃ…。 これ以上傷つけちゃいけない…。 一人を押し退けて前に出た瞬間だった。 ちぃを守るように礼於と呼ばれた犬が俺めがけて飛びかかってきた。 とっさに握りしめていた石を投げた。 「礼於!」 ちぃが犬をお腹の下にかばい蹲る。 それを見ていたやつらが一斉にちぃめがけて石を投げる。 止められない…。 一つが額に当たり血が滲んだ。 かばうために投げ出された絵にはクレヨンで描かれた犬。 あっという間に踏みつけられてグシャグシャになる。 「二度と学校に来るなよ!」 そう言って気が済んだのかあいつらは来た道を帰っていく。 一人がつっ立ったままの俺に行こうぜと声をかける。 俺が本当に石を投げたかったのはちぃじゃない…。 本当は……。 止められない自分に石を投げてやりたかった。
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