32830人が本棚に入れています
本棚に追加
「じゃ俺は戻るけど、設楽も早く帰るんだぞ。荻村も、吸殻はしっかり捨てておけよ」
「うるせぇな。母親かよ。わかったからサッサと戻れよ」
タバコの煙を吐き出し、猫でも追いやるようにしっしと手を払う荻村に、鳴海は笑顔で駆けて行った。
(爽やかだなぁ)
半ば感心して見送っていると、荻村がポケットから携帯を取り出す。
「電話だ……面倒くせぇな」
「あ、じゃあ俺は帰りますね」
人がいては電話しづらいかと、東は言いながら資料室を後にする。
「涼都を迎えに保健室まで行こうかな」
しかし、涼都は京極に説教(かもしれない)をされているはずである。
保健室に留まっているかも怪しいところだ。
ここはひとまず、教室に戻ってしばらく涼都を待ってみよう。
そう、東が方針を決めた時だ。
「あれ、携帯がない」
ポケットに入れたはずの携帯の感触はなく、思わず振り返る。
資料室に落としてきてしまったかもしれない。
「────」
探しに戻ろう。
中では荻村が電話中であるため少し躊躇ったが、携帯がないのではかなり困ったことになる。
荻村に遠慮して、東は資料室の扉ではなく隣の教室へ足を踏み入れた。
この教室から資料室へ抜けると、後ろ側に出るのだ。こっそり戻って、静かに探していれば荻村の邪魔はしないだろう。
資料室に繋がる扉を開けると、棚が立ち塞がっていた。そもそも人の出入りを考えて配置されていないのだ。
棚の隙間を縫うように入った東は意外にも、すぐに床に落ちた携帯を見つけることが出来た。
(よかった。すぐに気がついて)
「学校にいる時は電話するなと言ったはずだ」
そっけない言葉が聞こえてきて、東が反射的に棚から顔を出すと、荻村がタバコ片手に面倒そうに会話していた。
(彼女の類では、なさそうだね)
「あぁ、それはもうバレた。無理だ……仕方ないだろ。そういう流れだったんだ」
何の話だろう。
思わず、身を乗り出した東に気づくことなく、荻村は会話を続ける。
「あぁ、まぁ順調なんじゃねぇの」
言うだけ言って、荻村は通話を切ってしまった。多分相手の返事も聞かずに。
同時に頭を引っ込めた東は、考えるように目を細める。
その目は、いつになく鋭かった。
最初のコメントを投稿しよう!