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『…って、ぇあ?おめぇ、今、俺のこと…?』
父、とではなく、名前で呼ばれたことが些か腑に落ちなかったが、今はそんな事を気にしている時ではない。
我が子が、初めて自分のことをまともに呼んだのだ。
仰天している父神を放って、童子は言葉を続ける。
「なぁ、俺の母親って、どんなヒトなんだ?」
『……あ?』
これもまた突然の問い掛け。何度か両の目をしばたたいた後、言葉につっかえながらも、凶太は交神の儀の際に目にした相手の容姿を思い出してゆく。
『あー、まあ、器量は良かったな。…お前、目と肌の色は母親譲りだぜ』
「ふぅん」
『女にしては、気の強そうな……そんな目付きしてたっけか』
そこまで言い並べてから、チラリと童子の方に視線を遣る。
母の容姿を思い描いているのだろうか。
童子の視線は池の水面ではなく、宙空に向いていた。
『ああでも、もう死んじまったけどな』
「…死んだ…?」
何気なしに口にした言葉。
その言葉に、童子は珍しく即座に反応した。
その反応を見た凶太は、しまった、と、慌てて口をつぐんだ。
…………いや待て。どうして俺が慌てる?
別に本当の事だろ、言ってしまったところで問題なんかないハズだ。
そうだ、何を慌てて…
そう思いながら童子を見た凶太は、次の瞬間呼吸をするのを忘れそうになるくらいに驚愕した。
視界に映った童子のその表情は
これまで見たこともないような、なんとも言えないものだったからだ。
落胆や驚きや……色んな感情が混ざり合ったような、そんな表情(かお)。
それを見て初めて、凶太は何故童子が、この天ノ橋立に日参するのか、その理由が解った。
この橋から見下ろす池。
その水面には、神が見たいと望む地上の様子が映し出される。
恐らくどこかで、この池のそんな力を知ったのだろう。
童子は、地上にいるはずの母の姿を求めて、毎日ここへ通ったのだ。
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