第1章 雨に濡れた犬と僕

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 随分と長風呂ならぬ、長シャワーになってしまった。    濡れた躯をタオルで拭きながら、僕は少しため息をしてみた。    花畑……じゃなくて、すみれちゃんをかなり待たせてしまったな。 何て言い訳したらいいだろう。    例えば、「シャワーを浴びていたらあの黒い悪魔を見付けてしまい、今も興奮覚めやらぬ大激闘を繰り広げてたんだよ」、とかどうだろう。 中々いい言い訳だと思う。    後、「シャワーを浴びていたら空前絶後、想像絶する眠気に襲われ、寝てしまっていた」とかは――    いや、それはない。 そんなシャワーを浴びながら寝れる程僕は器用じゃない。 というか、普通の人は寝れないだろ、そんな状況じゃ。    ズボンを履いた所で、僕は足元で何か動いているのに気が付いた。    何だ? この黒い物体……    黒い物体?    『黒い』物体?   「ひっ……」    何でこんな所に黒い悪魔がいるんだ。 いや、別にいても不思議じゃないんだが、僕はそういうことには細心の注意を払ってきたはずだ。    なのに、何故、やつはここにいるんだ!    何か武器はないか、と辺りを探る。 勿論、やつからは目を離さない。 一瞬の油断が命取りだからだ。    やつは様子でも窺っているのか、ぴくりともしない。    くそ、中々やるな。 さすが、黒い悪魔と称されるだけはある。 その辺の角が生えているあいつとは違う。    そんな均衡状態が続く中、僕は辺りを探っていた手に固い感触を覚えた。 形、長さからして、これは――    ハエたたきだ! この、超機動力を誇る蠅を易々と昇天させることができる武器さえあれば、やつなんて可愛いもんだ、ざまあみろ。    ハエたたき(リーサルウェポン)を手に取ろうと、一瞬、目を離した時だった。    やつは、やつは、素晴らしいまでの速度で僕の、僕の――        足元までやってきた。
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