夕日の記憶

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 夕方というには遅く、夜というにはまだ早い半端な時間、刺すように降り注ぐ狂暴な日光は、辺りを優しいセピアに包む夕日へと変わっていた。  昼と夜とが重なる真っ赤な夕日――あと、一時間も待たずに日は沈み、濃い闇が辺りを包み込むことだろう。  ココハ、ドコナンダロウ?  整然と並んだ備え付けの椅子に、薬局と書かれた小さな受け付け口。ツンと鼻につく消毒液の匂い。パタパタと忙しく動く白衣の人々。  ココハ、ビョウイン……?  人もまばらな夕焼けの待合い室は、無機質な病院の清潔さも手伝い、どこか刺々しい空気をはらみ、ただそこに居るだけでも無用の緊張を強いる。  一般の往診は終わり、今この時間、この場所にいる者たちは緊急の患者か、その付き添いの者なのだろう。椅子に座る数少ない者は、一様に不安そうな、疲れたような顔をしている。  そんな者たちの中、一際目立つ少年がいた。  少年は椅子に浅く腰をかけ、だらしなく四肢を投げ出していた。  まるで、糸の切れた操り人形のようだ。  そして昏い眼で何やらぶつぶつと呟いている。 「ぼくが、ぼく……せいで……」  その口から紡がれるのは恨み言だろうか。  壊れたテープレコーダーのように何度も何度も同じ呪咀が吐かれる。 「うっ、くっ、で……だよ!」  少年は泣いていた。  虚空に向けられた視線は、何も写してはいない。  あとから、あとから流れる涙は拭われる事なく、頬を伝い、床に落ちて行く。  周りの者たちも気味悪そうに少年を見ていた。  その少年は深い後悔と、それ以上に烈しい怒りに涙を流していた。  後悔は一人の少女に。  怒りは自分に向けて。
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