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もうあてきには答えず、私は黙って手を差し出した。
不承不承といった体で、あてきは髭黒の文を渡してくれる。
「数ならばいとひもせまし長月に
命をかくるほどぞはかなき」
『普通ならば九月の忌月を嫌がるでしょうが、忌月ならば出仕も結婚もされないと、それを頼みに生きている情けなさ』
来月になれば私が出仕することは、すでに皆が知るところとなっている。
残された時は少ない。
「蛍兵部卿宮と右大将に返しをするわ。あてき、用意をしてちょうだい」
「紙はこちらの薄様でどうでしょう?」
「もう少し色が薄いほうがいいんじゃないかしら。
宮は雅な方だから、きちんと香が染み込んでいるのを選んでね。
墨は薄いくらいがいいわね」
あてきが慌ただしく動くのを見ながら、宮への返しを考えた。
「心もて光にむかふあふひだに
朝おく霜をおのれやはけつ」
『自ら日に向かうひまわりでさえ、朝置く霜を自分で消すでしょうか。
まして私は、主上の光に向かうのを、自分から望んではいないのです。
あなたの想いを忘れはいたしません』
宮が自分を霜になぞらえたのを踏まえて歌を書いた。
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