意味

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 それから、更に数日経った。  私は、生まれた場所から遠く離れた街に居た。  此所には、私の仲間達はあまり居ない様であった。  空を飛んでいて、ふと目に留まった樹木があった。  私は、何となしにその樹木へと停まる。  樹木の下では、子供が、車椅子に乗った老人を押していた。周りを見ると、白い外壁の建物が連なっている。  どうやら、此所は病院のようだ。  少し興味が沸き、私は病院の壁へとへばり付いた。  すると、私が止まった場所から覗ける病室に、一人の少年と女性が居た。 「お母さん。今日はね、空を飛んでる夢を見たんだ。風が気持ち良くて、すっごーく楽しかったよ!」 「そう、それは良かったわね……。今日も、その夢、見れるといいわね」  少年は盲目であり、病弱の様であった。  女性は少年の母親で、少年の話を微笑みながら聴いている。 「それでね、僕はいっつも、りん、りん、って啼くんだ。鈴みたいで、とっても綺麗なんだよ?」  少年は、白い蝉の話をしていた。夢の中で、少年は白い蝉になるようだ。  白い、蝉。 「でも……夢に出てきた子たち、楽しそうだったなぁ……。僕も、友達と一緒に公園で遊びたい」 「大丈夫よ。きっとすぐに良くなって、みんなと遊べるようになるから……」 ―――ああ、そうか。  ようやく、私は私の意味を知った。  私は、この少年の眼であったのだ。 「でも……そんな蝉、本当に居たらいいわね。お母さんも、その声を聴いてみたいなぁ……」 「大丈夫! お母さんだって、いつか聴けるよ!」 「うふふ、そうだといいわね」  女性は微笑み、少年も笑う。  私は、二人の話に聞き入っていた。二人は、とても楽しそうであった。私も、嬉しくなった。 「そういえば、健太。眼が治ったら、見てみたい景色とかある?」 「うーん……えっとね……僕、海が見てみたいな……。青くて、広くて、とっても綺麗なんでしょ?」  その会話を聴き、私は思い立った。  海へ行こう、と。  この少年に、海を見せてやろう、と。  私は、りん、と一つ啼いてから、病院の壁を飛び立った。 「……あ、お母さん。今、あの蝉の声が聞こえたよ!」 「今のが……? ……ええ、確かに聞こえたわ。本当に、綺麗な声ね……」  風が吹き、窓辺に釣り下げられた白い風鈴が、りん、と鳴った。
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