羽化

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 私は蝉だ。今は、土の中に居る。  私は、この光届かぬ所で、色々な音を聴いて来た。  ざぁざぁと雨滴る音。しんしんと雪降頻る音。がやがやと何かが歩する音。  私は、その音達に囲まれながら、外の世界に思いを馳せ、眠り続けて来た。  そして今宵、私は恋焦がれる地上へと向かっている。  前脚で土をざく、ざくと掘り掻き、地上へ、地上へと。 ―――暗い。然し、確かに光がさした。  私は地上に出たのだ。  十三年前、私が卵から孵った時と同じで、此処は暗かった。  だが、土中とは匂いも、音も、何もかもが違う。  辺りを見回すと、一本の樹木が眼に留まった。  そうだ、あれは、私が孵った樹木だ。  私は、ゆっくりとその樹木に歩み寄り、爪を掛け、ゆっくりと上を目指し、進み始めた。  何故、そうしようと思ったのかは分からない。  だが、上に行ってみよう、と、私は思ったのだ。  大分登った。  私は、樹木の中腹に辿り着いたようだ。 少々疲れた。故に、私は一時の休息を取る事にした。 ―――少し休んでいると、唐突に私の身体は変化を始めた。  ぴりぴりと背中が破れ、私の心身に風が当たるようだ。  しかし、痛みは感じない。  その内、私は急に自分が狭い物の中に閉じ込められて居る気がして、無性にむず痒い気持ちになった。  もぞり、もぞり、と身体を捩らせる。背中の割れ目が、一層大きくなった。 ―――そうして、長い時間を費やして、私は殻から這い出ていた。  周りを見回すと、そこは、唯広かった。土の中とは大違いだ。  ふと自分の身体を見ると、背からは真っ白な羽が生えていた。  脚も、身体も、真白であった。  私は、そのまま暫く風に身を晒していた。  幾らばかりそうして居たかは分からない。  長い時間が経って、私は飛べるのではいかと思い、背の羽を思い切り動かしてみた。 ―――私の身体は宙に浮き、風を切り進み出す。  周りを見渡すと、地上は明るくなり始めていた。
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