37皿目 キスより抱きしめて

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 由貴が片づけをしている場所へと向かった後、竜の傍へと怪しい影がゆっくりと近づいていた。  じりじりとにじり寄ってくる影に竜は気づかずに夢の中。影は竜の傍へと来ると、しゃがみこんで竜の顔を覗き込んだ。 「竜様……」  影の正体、浜村奈緒はやや荒い息で竜に近づくと、ゆっくりと竜が起きないように竜の顔の上に置かれている黒のキャップを外した。  そろり、とキャップを手に取った奈緒は視界に入ってきた竜の寝顔に、両手で持っていた黒のキャップを握り締めた。 「ね、寝顔萌え!! 竜様、素敵すぎます!」  奈緒は顔を赤らめると、両手に持っていた黒のキャップで緩む口元を隠して、まじまじと竜の顔を凝視した。  よっぽど疲れていたのか竜は起きる気配もなく、規則正しい呼吸をしながら目を閉じていた。  さらり、と額と頬にかかっていた明るいブラウンの髪が落ちる。うっすらと開かれた厚めの唇。閉じた目を縁取る長めの睫毛。白い肌。  竜の寝顔を凝視していた奈緒は、ごくりと唾を飲み込んだ。握り締めていた黒のキャップを持つ手に力が篭る。奈緒はきょろきょろと辺りを見渡すと、近くに人がいないことを確認した。 「奈緒、いくのよ! こんなチャンスめったにないもの! ひと夏の恋。眠る無防備な彼。初めてのキス……やだ! あたしったら! キスだなんて!」  手に持った黒いキャップで奈緒は赤くなった顔を隠すと、いやいやと首を横に振った。一人で大盛り上がりである。竜はそれでも目を覚ます気配はなく夢の世界を旅行中。  奈緒はゆっくりとキャップから顔を覗かせると竜の寝顔を見つめて、ごくりと唾を飲み込んだ。 「竜様……」  奈緒は薄目を開けたまま、ゆっくりと竜の寝顔へと近づいていく。  竜の顔の丁度真上に奈緒の顔が来たとき、うっすらと竜の目が開いた。
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