46皿目 賢そうな由貴

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「本当のこと、言えるわけないじゃない」 「…………」 「夫が仕事で、何ヶ月も帰って来なくて……寂しくて、他の男と会うために裕斗を一人にさせて丸一日家を開けていたなんて……あの人達に言えるわけないでしょ……」  ただでさえ排他的な村人達。一泊した嘘を考えても、なぜ裕斗を連れて行かなかったのかと言われてしまえば無責任な母親とされてしまう。村に引っ越してきて、打ち解けることもできずにいた紗江子には本当のことを村人達に言えなかったのだ。紗江子は両手で顔を覆うと、肩を震わせた。 「……あの日、もし、村を出なければ、裕斗と家に居てやってたら……あの子を守ってやれたんじゃないかって考えたら……責められるのが怖くて、本当のことなんて、言えなかった……」 「紗江子さん……」 「ごめんなさい……」 「…………」  何度も「ごめんなさい」と呟きながら肩を震わせる紗江子に由貴はくしゃりと顔を歪めると、そっとその細い肩に手を置いた。 「裕斗が死んだのは、紗江子さんのせいなんかじゃないです」 「……由貴くん」 「そんなに自分のこと責めないで下さい」  由貴の言葉に紗江子が顔を上げると、由貴は眉を下げたまま泣いている紗江子に、にんまりと出来る限り明るく笑いかけた。 「遅くなりましたー」 「随分遅かったね」  由貴は車のドアを開けて車内に入ると、ヘラヘラと笑いながら清治に話しかけた。清治と竜の位置からは玄関の前で話していた由貴と紗江子がいた位置は死角になっていたため、二人の様子を清治と竜は見ることができなかった。 「いやー! 話がノリに乗っちゃって! 人妻ってたまんないっすよね!」  シートベルトをつけながら俯いて笑って話す由貴に清治は呆れた表情を浮かべ、後部座席に座っていた竜はシートにもたれたまま、真剣な表情で由貴を見ていた。 「……ちゃんと渡してきたのかよ」 「おー、渡してきたよー。ちゃんと『確認してきましたー』」  後ろからかけられた竜の問いに由貴は俯いたまま明るい声で答えた。由貴の返事に竜は視線を由貴から逸らして、右手を口元へと持っていった。 「それじゃあ、行こうか」  清治は助手席にいる由貴と竜を視線で確認すると、エンジンをかけた。
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