或る女

1/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

或る女

 大学の最寄り駅はバスロータリーが小さいながらも存在する。うちの学生がこのバスの乗り降りするところなんか見たことがないのに、ロータリーだけは立派なものだからバイク通学をする大多数の学生なんかは一方通行だの進入禁止だの細かい交通ルールが駅前にあることにうんざりしている。俺なんかもその一人で、彼女を駅に送るのが蜜月過ぎるととても面倒になってしまった。そのせいか控え目な可愛い彼女とは疎遠になり別れてしまった。自分でも馬鹿馬鹿しいとは思うけれども、ロータリーのせいで別れたんだと俺は思いたかった。  春の日差しが心地よい中、俺は彼女に別れを告げられたロータリーに入ろうとした。友人にノートを返すついでにバイクにのせて駅まで送れと言われたためだった。礼に昼飯を奢ってもらったし、なかなかの陽気にすっかり哀しい気持ちも萎んだので鼻歌なんかを歌いながらバイクにまたがる。けれども俺は鼻歌を止め、その場で固まってしまった。  彼女の姿をみてしまったのだ。  この田舎街に似合わない黒塗りの高級車から降りた彼女は、俺の知っている彼女ではなかった。10メートル程先にいる彼女は相変わらず美しかったが、俺が見たこともないピンヒールを履いていて、その足で乗っていた車を蹴ったのだ。俺は眼を疑った。控え目で俺に意見なんてできずにいて、別れの言葉を泣きながらもはじめて意見したあの彼女が別人のようにそこにいた。  彼女が降りた車からほぼ同時に運転席から降りた男が彼女の前に走っていく。俺の知らないその男は、立派な車を蹴られた癖に彼女に手を合わせて謝っているようだ。情けなくて立ち去りたくなった俺の目の前で彼女はいきなりその男を蹴った。俺は再び固まってしまい、嫌な汗が流れるのを感じた。彼女なのに彼女じゃない。彼女を変えてしまったのは俺の横暴な態度のせいだろうか。彼女は蹴られてもなお謝っているような男を容赦なく赤いピンヒールで蹴り踏みつける。ひたすら残忍に白昼堂々男を蹴る彼女、謝っている男。彼女に俺を、男に彼女を重ねてしまい更に動けなくなる。眼を反らしたいのに反らせない。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!