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その鬼は、一人、山の中で暮らしていました。
仲間の鬼達は、皆どこか遠くへ行ってしまったからです。
ですが、彼はそれをあまり気にしていません。
その時、まだ小さかった鬼は、仲間達のことをほとんど覚えてないのです。
昔ははっきり思い出せた、チチ、ハハという鬼達のことも、今ではもう、曖昧な記憶となってしまいました。
自分と一番仲良くしてくれたことが、時々頭をよぎる。その程度でした。
そんなことより、ここには、鬼の好きなものがたくさんあります。
冷たい湧き水の小川。
美味しい実のなる木。
涼しい風の吹く林。
夜には、宝石をばらまいたような星空に、ぽっかり浮かぶお月さま。
そんな中で過ごす毎日が、鬼は大好きでした。
今日までの日々が、明日も明後日も、ずっとずっと続いていく。
春、夏、秋、冬。
ゆっくりと変わっていくが、繰り返される日常。
それだけが、鬼にとっての全てだったのです。
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