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私は最初で最後の屋敷の廊下を踏み締めながら歩く。付き人もおらず、一人で。なんと廊下の冷たいこと。
「冷たい…」
誰にとも無く呟いた。返事なんて期待してもいなかった。
「私はいつまでもそばにいましょう」
「雪椰…」
庭に、凍り付くような笑みを浮かべた雪椰が立っていた。
「貴女が一言、私に言ってくだされば良いのです。『助けて』と…」
私に手を差し出す。私はためらう。せっかく今日まで母君のためにと耐えてきたのに、ここで投げ出していいのか。まだこの先、雪椰に助けてもらわないといけないことがあるのではなかろうか?
「何をためらうことがあるのです?あの人間は貴女を売ったのです。貴女は嫁ぎ先に行ったらすぐに海の向こうに運ばれます。災厄をもたらす九尾の狐として」
「嘘…」
母君はちゃんとした相手だと思ったから私を嫁がせるのでしょう?
「嫁ぐ、と言うのも変ですね。嫁ぐとは婿がいてこその言葉。貴女には嫁ぐ婿がいないのですから…」
「嘘よ…」
母君が最後の最後にそんなことするなんて、考えられない。そうだ、迎えの者を見れば分かる。もし、本で読んだような迎えでなければ、雪椰の言うことは本当だろう。私は玄関へと走った。草履を履く間も惜しく、裸足で門の外まで走った。大きな門を開けると、そこにはみすぼらしい牛車が一つ。汚ならしい衣服を着た使者が一人、手間を掛けさせるなと言うような目で私を見る。
「いや…そんな…」
そこまで私は嫌われていたの?知らなかった…。知らなかった…。
「雪椰…」
「はい…」
私の横に並ぶ雪椰。答えは決まったかと促す瞳。
「助けて!今すぐにっ!」
生まれて初めて大きな声を出した。生まれて初めて悔しくて涙が出た。
「仰せのままに…」
雪椰の背後に太い銀色の尻尾が現れ、左右にゆっくり揺れる。揺れる度に、どこかしらに火がつき、燃え広がる。青い焔が屋敷を覆う。牛車と使者は驚いて帰って行った。
「許さない…。最後の最後で私を騙すなんて…」
私は青く燃え上がる屋敷へと入って行った。
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