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それは、心を喰う魔物だった。
感情のままに荒れ狂う炎は爆風を伴って全てを切り刻んだ。
『憎め、憎め……ほら、目の前にお前の父親を殺した一族がいる』
身の内に揺らめく蒼炎が拙い思いを、力を、糧として膨れ上がる。
『怨鎖の呪いだなあ…脆弱な子供よ、憎いだろう? 悔しいだろう? 父親の言いつけを破ってまで我の力を欲するほどに』
痛みが消えた。
音が消えた。
視界から見るもの全てが、消えた。
『さあ我を解き放った礼くらいは返そう、何が望みだ? 人を殺せる力か? 心を壊す力か? 何がいい』
幼心に願ったのは、母様を守る力だった。
全部目の前の敵を消してしまえる力が欲しかった。
だから、血に濡れた小さな指先が、三年前に父から譲り受けた木彫りのロケットペンダントを開けたのだ。
父の言葉が木霊のように、脳裏に反響して。
『その中には悪魔が入っている。悪魔は力の代わりにお前の命を取ってしまうよ。だから、絶対に開けちゃいけない。父さんの言うことが分かるね? フィスは約束を守れる子だから、安心して預けられるよ』
その時、悪魔なら母様を助けられると思ったのだ。
自分の腕を掴んで下卑た笑いを浮かべる男の手を必死で振り解こうとした。
母様の腕から投げ出されてしたたか後頭部と背を壁に打ちつけた時、見たもの。
血に濡れた刃は最早白銀の輝きを無くし、毒々しい赤に染め変えられていた。
自分を庇った母様の左胸にそれは生えていて。
規則正しく、血潮が噴き出して粘着質な水たまりを作り出していた。
そこに浮かんだ月は、どんな激情よりも深い赤。
母様はとても強い人だった。
父様に負けないくらい、強い人だった。
なのに、何故。
こんなに苦しそうなんだろう。
『フィス、逃げなさい!早く!』
焦燥と悲痛があいまった叫びに足が凍り付いた。
母様がこんなに険しい顔をしているのを、初めて見た。
全ては、己の不甲斐なさ故のことだったのだ――――――――――
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