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「大体俺がどれだけ我慢してると思ってるんだ!折角久しぶりの対面だと思えばフィスはぼろぼろになってるわカウラ様は死んで後の祭りだわ、とどめは俺を綺麗さっぱり忘れ去ってるわ……! 手の一つや二つや三つ出したくもなるだろう!」
一つはともかく、二つや三つ出したら問題じゃないかと思わずにはいられないマカッツである。
「あんたさあ……旅先で一体何人抱いてきたの」
無造作に投げた言葉に、クローはぴくりと肩を揺らす。
どうせあの旦那様に振り回されて、毎晩妓楼をハシゴしていたに違いないのだ。
「あいつは湯水の如く金を積んでいい女を片っ端から買ってたけどな。どこもかしこも香がきつすぎて長くはいられなかった」
「ふーん……」
要領を得ない答えに、人には言えない苦労があったんだろうなーと何だか考えてしまう。
子供だったからかもしれないが、旦那様は私に手を出してきたことはない。
その代わり容赦なく妓楼に連れ込まれ、今から思えば無茶苦茶な……精神教育上かなりよろしくない光景を見て育ってしまったのだ。
幸い勘違いをして育つことはなかったものの、この年齢で知らなくてもいいであろう知識が豊富にある感は否めない。
「で、呪はかけ直してくれた?」
「一応。カウラ様の呪は外してないけど」
「何で?外してって言わなかった?」
「中途半端に見える呪だけど、意外に深かった。二つともフィスと蒼炎の絶縁体になっている呪だ。外せば、心が壊れる」
二つとも、蒼炎からフィスを守っている呪。
しかも二つ目は私でも解ける呪だが、一つ目が全く分からない。
「かなりギリギリの均衡だ。これ以上負担はかけられない。針の先に皿置いてるくらい有り得ない状態だからな」
そんなこと、言われずとも分かっている。
だから、呼んだのだ。
「クロー。一つ目の呪、解き方分かる?」
驚いたように目を見開くクローに、もう一度同じ事を。
「一つ目の呪の解き方、知ってる?」
クローは困ったように苦笑いを返してきた。
こいつは、答を持たない時にこんな反応を返してはこない。
それ即ち―――――――知っているということ。
「……相も変わらず深入りしてくる眼だ。じゃあ、フィスの本名……知ってるか? 万が一知らないなら、この件については口出ししないでくれるか」
フィスの、本名……。
私は、その名しか、知らない。
「フィス・カンゼル。私はこの名前しか、知らない」
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