記憶と枷

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「なら、手を引け。お前の手に負えるような代物じゃない」 二百年にすら満たない年齢で、フィスの呪いを丸ごと抱え込むことは自殺行為に等しい。 それどころか、周りを巻き込む大惨事になる。 これは魔力の強弱の問題ではなく、フィスの身体の状態を見極め、心を汲み取らなければならない。 カウラ様とて二の足を踏んだからこそ、自身が死ぬに至ったのだ。 まだ、彼女は紅炎を受け入れるだけの器にはなっていない。 けれど。 もう『心』に時間が残されていないのだ。 それを如実に表すカウラ様の死。 「何で」 「代名(かわりな)の呪だからだ」 カタン、とマカッツの動揺を見透かしたように窓硝子が風で微かに音を立てる。 「フィスがお前に代名しか教えていないなら、この呪に関わることはまず許されない。下手に関わればお前が無駄死にするだけだ」 言葉を切り、呑み込んだ生温い唾液が喉を滑り落ちていく。 病室の白い壁紙がやけに眩しく感じるのは、疲れているからだろうか。 「ここまで来たら大博打。当たるも八卦当たらぬも八卦、当たらなかったら俺達が死ぬだけさ」 そして、その確率は五分。 「……だから、旦那様がクローを寄越したんだ」 「おそらくそんなところだ。要するに、お前らからしたら俺達は捨て駒だからな」 「……別に」 不自然に言葉が途切れ、視線が一瞬だけ交錯する。 硝子玉を思わせるような、『完璧な』兇手の瞳をしていた。 たった百年の生き方次第で、変わってしまうものがある。 寂しく、なるほど。 変わってしまった。 自分だけが、過去に固執したまま。 それすら放棄してしまったら、生きる意味すら失せてしまいそうで。 「……分かった。なら任せるけど、ちゃんと止めてよ。もう後がない」 「協力はするけど……カウラ様同様貴女方一族に仕える気は毛頭ない。だから貴女方の都合を私に押しつけるのは金輪際やめてくれ」 ただ、フィスだというから引き受けたまでのこと。 あの一族のために動く義理はない。 マカッツの目がすっと細められ、瞳に冷たい色が宿る。 ああ、こっちの目の方がいくぶんマシだ。 「……仕方ないことだけど。それでも我らが長の後継だということに変わりはない。フィス様の心が潰えたが最後……お前の命はないと思え」 言葉の刃を喉元に突きつけられたと思えるほど、鋭利な気迫。 これに見合う魔力が備わっていれば、フィスをも凌ぐ長の器だろうに、と思わずにはいられない。
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