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「おはよーございまーす」
熱風の紗幕の向こうから靄がかった声が響き、やがて風は緋色に染まり凝縮し、また膨張するとはらはらとほどけて、フィスは元からここに立っていましたと言わんばかりに床に足をついた。
毎朝のど派手な演出にも、同僚達は慣れたものだ。
一番手前にいた女が椅子をくるっと回して自分を見上げてくる。
「おはよう、フィス。毎回派手な出勤ありがとう。目が覚める」
「なあにそれ、イヤミ? あ、さては昨日夜勤だった?」
「そう、当直よ当直。おかげで仮眠は四十五分。大体何で人間みたいに夜勤だの当直だのアナログ体制がのさばってるわけ?信じらんない」
「いや、だってそれはこういう仕事だから」
「おかげで身長伸びるの止まっちゃったし」
「関係ないってそれは。百五十歳超えたら女は伸びないよ」
「えー嘘でしょ、それ。フィス百八十二歳なのにまだ伸びてるじゃない」
「やー、運動してるから」
「関係あるのそれ!?」
「ほら、仕事仕事。マカッツ、今日も寝てられないよ。実行は二週間後なんだから。今日中に詰めて、明日から準備しないと間に合わない」
「今日中!?」
マカッツは頭を抱えて呻いた。
なんてこった、そんな心の声がひしひしと聞こえる。気がする。
「というかどうしたの? マカッツ。その髪は」
フィスの問いにマカッツは得意げに答えた。
「いや、黒髪ってすっごい憧れだったんだよね。この前フィスと同じように緋色にしたら笑っちゃうくらいおかしかったし、元々黒にも挑戦したかったんだ」
「何で緋色の次が黒なわけ」
「え? そりゃあフィスの目が黒いから。黒って綺麗だし、年がら年中キラキラ金髪だといい加減飽きちゃってさあ」
ふーん、とフィスは特に感慨もなくに相づちを打つ。
何故だかマカッツは私に対して絶大な憧れを抱いているらしく、色々真似をしては喜んでいる。
普通なら苛々しそうなものだが、あまりにも無邪気なためむかっ腹が立つこともなかった。
ふと視線を滑らせれば、どうでもいいところに気づいてしまい口を開く。
「……眉染め忘れてるよ」
フィスの無情且つ的確な指摘にマカッツの表情がびしりとかたまった。
確かに髪は黒くなっているが眉は黄金色のままだ。
「……フィス、訊いていい?」
「どうぞ」
「いつからそんなに毒舌家になったの」
「この仕事始めてから?」
「母さんはそんな風にお前を育てた覚えはありません!」
「誰が母さんだ」
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