記憶と枷

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視界がやけに赤い気がして、フィスは首を背けた。 それでも緩和されない光に、深みに沈んでいた意識が引き上げられてくる。 「…フィス?」 かけられた声が聞き慣れた声で、ほんの少しだけ、安堵する。 目をゆるりと開くと、鮮やかな紅の夕焼けが目の奥を焼いた。 その燃え盛る淋しい色は、まるで自分のようで。 届かないと知りながら、手を伸ばす。 ゴツ、と硬いものに指先が当たった。 濁った硝子窓に阻まれ、それ以上手を伸ばすことは、叶わない。 あの夕さりの向こうに。 兄様を、追いやってしまった。 だからあの半円の炎はきっと、葬送の送り火。 眩むほどの光の世へ、先に逝ってしまった。 そして、私は。 迫り来る宵を、夜を、闇を、なす術もなく待ち続ける。 もう二度と、明けぬ夜。 分かる。 感情が制御出来なくなっているのが。 分かる。 いずれは理性など跡形もなく消え失せてしまうのだ。 分かる。 剥き出しの本能で乱殺兇器と化す、その瞬間がそう遠くない日に訪れるだろうこと。 「よくそんな呑気な顔してられるのね」 棘を含んだ言葉にも、眉を顰める仕草一つ返さない。 「一つ、訊いていい?」 フィスの表情は不気味なほど、穏やかなままだった。 「…何」 「私を、過剰に護って…何に使いたいの」 マカッツの表情が、動く。 「自惚れるな。長官まで殺した役立たずが」 いつものマカッツのやんちゃな返答を無意識に期待していた私は、面食らった。 「その同僚を殺しもしない…何の意図かと訊いたんだけど」 「弱小極まりない男になんか組み倒されるような奴が生意気な口を叩くなよ」 流石に気分を害されて、フィスの眉間に皺が寄る。 「…随分機嫌悪いね。あんたにとっちゃどうでもいい存在の人間の一人や二人死んだところで、何とも思ってないくせに」 「形見までもらってその言い様か」 形見、という言葉に引っ掛かりを覚える。 馴染みのない感触に今更気がつき、目線を左手首に落とした。 彫刻が施された、銀の腕輪(バングル)。 確かめるように、躊躇うように、腕輪の幾何学紋様を指先で辿る。 この、腕輪は…! 慌てて外そうとするが、どこから外したらいいのか分からない。 ぴったりと隙間なく巻かれていては、抜くにも抜けない。
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