記憶と枷

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「何でしょう」 「…あなたが、何で私を知っているのか…教えては頂けませんか」 …本当に、覚えていないのか。 彼女の眼差しが真摯であればあるほど、一縷の願望すらも打ち砕かれていく。 沸き上がるのは、狂気にも似た思い。 自分にとって相手だけが特別なら、相手にとって自分だけが特別でありたいと。 それを無理矢理心の奥に押し込めて、『いつものように』取り繕った微笑を浮かべた。 「私に訊かずとも…分かるのでは?」 むっとしたのか、瞳に一瞬だけその感情が浮かんで沈む。 意地悪な返事だったかもしれない。 質問を質問で返す、一種嫌がらせに近い方法だ。 「では、一つだけ…。私と貴女は、似た過去を持っています。こうしてお話する限り、私と貴女は似て非なる性分であるようですが」 どこに引っ掛かりを覚えたのか、フィスの肩がぴくりと震えた。 深く掘り下げていいのかどうか一瞬の逡巡の後。 「貴女の焼印が事実効果をなくすまでに分からなかったら、お教えします。私も、出来れば諦めたくないので」 何を、とは言わなかった。 「なら…何故、蒼炎の焼印があることを知っているのですか。あなたは『誰』ですか?」 言いたい答えはたくさんあった。 でも、言ってしまえばフィスはきっと…呪も何も顧みずに『最悪』に飛び込んでいってしまうだろう。 あいつらはただ、武器が欲しいのだ。 確実に御せる、絶大な力。 フィスという身体を手に入れるために、フィスから命と身体以外の何もかもを奪おうとしている。 心までも、壊そうとしている。 「私は貴女の護衛です」 数日前と同じ答えを返す。 「カンダクシにご両親を殺されて、報復のために刃を取った。…蒼炎まで、使って」 フィスの目元が険しくなる。 反駁しようとしたのか口を開きかけたが、結局何も言ってはこなかった。 「決してそれを責めるわけではありませんよ。でも、何を代償にしているかは自分が一番お分かりのはず」 私が、貴女について知りすぎていることを晒せば晒すほど、貴女の心は私から離れていく。 「貴女のその真直ぐな思いはカンダクシに利用される。それを危惧してカウラ様は命懸けで遅らせようとしていたものが何なのか、貴女自身に見極めてほしい。私の口からでは、貴女に届かない」 所詮は他人。 あの頃でさえ、貴女にとって腑甲斐ない他人でしかなかった。 俺に出来ることは、マカッツの準備が整うまでの時間稼ぎ。
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