記憶と枷

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「フィスじゃないかい!」 威勢のいい声に振り向いて、にこりと笑う。 しばらく笑っていなかったせいか、何だか頬が引きつっている感じがする。 「テラおばさん!」 果物屋をしている馴染みのおばさんだ。 果物に囲まれているせいか、いつもいい匂いがする。 「なんだい久しぶりだねえ。…ちょいとやつれたんじゃないかい?」 「職場が変わって今、少し大変なんですよ。すぐ慣れます」 節くれ立った手がぽいぽいと紙袋に果物を放り込んでいく。 私がどんな日々を送っていても、こうして町は変わらずに優しい時間が流れていく。 こんな時間は、神様がくれた最高の贅沢の一つだと最近思う。 「そうだったのかい。身体には気をつけるこったよ」 「はいはい」 果物越しに話すのも難なので、遠慮もなくテントの中に入る。 日影に入ると、少し肌寒い。 「そろそろいい旦那さん見つけないとねえ。いつまで一人暮らしじゃ大変だよ」 手伝おうと思って果物を手に取っていたので、危うく地面に落とすところだった。 飲み物を口に含んでいたら、噎せ込んで噴水しているタイミングだろう。 「お、お、おばさんっ!」 「そこらの町の子に訊いてごらん。町で一番格好いい男は誰って。フィス・カンゼルって一発で答えてもらえるよ」 何で、男なのに! 私の名前が出るんだ! 私、一応性別区分上は女だよね!? 住民登録した時に男女の男の方に丸つけて間違って登録されてるとか、そんな阿呆なことしてないよ!? ぜ、絶対とは言えないけど! 「やつれたせいかね?凛々しくなっちゃってまあ。下手な男よりよっぽどモテる…罪な女だねえ」 何だか言葉の使い方が違う気がするのに、現状はまさにそれだった。 今現在進行形でそういう雰囲気だということが、如実に分かる。 「あのねえおばさん…私が格好いいなら女はともかく男が声かけづらいってことじゃない!」 「あんたみたいなのを奥さんにしたがってる家は結構多いんだよ。頭も良いし綺麗だし、うちの馬鹿息子でも尻叩いて切り回してくれそうだしってね」 次から次へと致命的な爆弾が投下される。 ちゅどーん。おばさんの『禁句の舞』! 免疫ゼロ。防御力ゼロ。効果は抜群だ。 気分はゲームのうんたらモンスター体力残り一、瀕死寸前…そんな感じ。 おばさんの言葉だけで今なら昇天出来そうな気がしてきた。
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