記憶と枷

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「テラおばさん…私が男嫌いだっていうの、知ってますよね?」 「なーに湿気たこと言ってんのよフィス。男なんて女の尻にしかれてこき使われるのが仕事でしょ。フィスに出来ないわけないわ」 私って皆から一体どんな風に見られているんだろうと、この時初めて心配になった。 『息を吹きかけたら倒れそうなか弱い女』では全くもってない自覚はあるが…まだ乙女心にしがみつきたいお年頃なのである。 だからといって反論するだけのの気力もなくて、沈黙を守った。 カラン、カラン、と夕刻を知らせる鐘が町に響く。 夕陽を突っ切る鳥の影が、せわしなく石畳を流れていく。 隣りで店を出していた骨董品屋のおじいちゃんと久々に話をしながら、赤みがかってきた空を見上げた。 それとよく似た色の果物を指先でつんつんと軽く弾くと、存外やわらかな感触がした。 この店は食べ頃の果物を並べてくれるから、フィスも個人的に愛用している。 手伝うと、いくつかタダでおばさんが現物支給してくれるので、アテにして手伝っている時もある。 やっぱり女の美貌の秘訣は果物だよ、と。 商業文句なのか本音なのか分からない台詞がきっかけで果物はここで調達するようになった。 今からして思えば明らかに前者だということが分かるのだが、当時の私は相当世間の感覚とはズレまくっていたので言われたことをそのまま直で受け取ることしか出来なかった。 悪意のない曖昧な意味合いを享受するには、あまりにも幼いままだったから。 言葉を、知らなさすぎたかつての自分が、情けない。 「ひったくりだあ!」 勘定台の傷を何ともなしに見ていたフィスは顔を上げる。 目の前を浮浪児が駆け抜けていき、どこかの店のおじさんがどたばたと蟹股で追っていく。 珍しい。 浮浪児自体は珍しくないが、ここの町の保護はわりとしっかりしているから、こういう光景は滅多にない。 だがあったからといって、別段何が問題というわけでもなさそうだ。 …違和感が微かに、含まれている気がした。 何、とは明言できないくらいの曖昧さで。 孤児院自体に、悪い感情は特にない。 私だって半分は孤児院で育ったようなものだ。 この町と違って、金がものをいう孤児院だったけれど。 「変だねえ…この頃多いんだよ。こんなに孤児はいなかったはずなのに」 「この頃多い?」 最近町に降りていなかったフィスがこんな光景に出くわしてしまうくらい、頻発しているということだ。
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