記憶と枷

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この町に来てから大分経つが、治安はすこぶる良い町だった。 フィス自身、この町中で仕事を行うことがないくらい、穏やかな町。 だからここにいれば、只人のように…暮らせた。 「変ですね。今までそんなことなかったのに」 そうなんだよねえ、とおばさんが骨董品屋のおじいちゃんに同意を求めれば、素直にうんうんと返ってくる。 この場面だけならまるで仲睦まじい夫婦の会話そのものだ。 「あんまり頻繁にあるようなら役所の方に陳情しときますから、連絡下さいね」 「いつも悪いねえ」 「改善される保証はないですけど、言わないよりはマシですから」 フィスは二十年前まで役所の重役達の護衛として職員の中に紛れていた。 だからある程度は顔が利く。 今は護衛を優秀な後釜がやっているはずだ。 フィスはあまり公的な機関に首を突っ込みたがらないが、この町の役所に関してはあまり渋ることもなく仕事をこなしていた。 向こうでざわざわと、異質な騒がしさが石壁に石畳に反響して聞こえてくる。 なんだろうと首を傾げれば、おばさんが不満そうに頬を膨らませた。 「おばさん?」 「全く噂をすりゃ影だね。町長のお出ましだ」 町長がわざわざこんな時間、商店街なんぞに何の用なのか。 夕方ではあるものの、どう考えたってれっきとした公務時間帯である。 「町長自ら浮浪児保護に精を出しててね。孤児院もラックル丘に増設して助成金も増やしたし」 裏側で店を開いているお兄さんが会話に割って入ってきた。 「…それって、増設しても利益が出るくらい…浮浪児がいるってことですよね?」 「国から補助金も大分降りるみたいだよ。何よりそこで育った子達はみんな働いて仕送りするって話だから。じゃなきゃ経営成立たないよね」 二十年前と、違う。 何かが確実に、変わっている。 それも、急速に。 管理職の元締め野郎共はこの前一掃したはずだが、まだ残党がいたのか。 …私一人で雑魚を潰すのも、限界がある。 あの組織から離れてしまった以上、官僚の動きは殆ど分からない。 特殊な情報網があったからこそ、私一人でもかなりの数を潰せていた。 町役人の護衛という、隠れ蓑を着て。 それを、兄様はずっと黙認してくれていた。 「孤児やら浮浪児やらの保護も大切だと思うんだけどねえ…力入れると他のところから流入してくるから嫌なんだよ」 目の前を子供を担いだり抱いたりしている異様な一行が通り過ぎていく。
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