記憶と枷

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その中に数人、「知らない顔」が混じっていた。 「…誰か、役人変わった?」 「ああ。前の町長様が体調を崩してお辞めになったんだよ。半年くらい前に変わったんだっけね」 …やられた。 心の中で盛大な舌打ちをして、行き場のない八つ当たりに近い憤りを砕く。 して絶妙な間合いで除名されてしまった。 これでは、動けない。 八方塞がりとはまさにこれだ。 兄様の思惑通りに事が進んでいるのかもしれない。 言い切れないのは、渦中にいる私には見えないから。 見えたら絶望しそうな気がするから見たくもない。 絶望を死に喩えるなら。 喉笛に据えられた刃をじわじわと他人の手で押し込めるがいいか、一息に己の手で掻き切るがいいか。 如何な選択も『絶望』へ繋がると知った時、取る行動は言わば自己満足だ。 絶望は全ての終焉であり、何もかもが無になる。 だから、本当の絶望を知ってはいけないと、本能が叫ぶ。 私にとっての絶望は、復讐する術を完璧に絶たれてしまうこと。 死ぬことなど、絶望の内に入らない。 復讐と己が命を天秤に掛けたらば、己が命を掲げる狂った天秤。 それが、今の私。 「ありがとうおばさん。たまには町に降りて世間話も大事だね」 「フィスはまだ若いんだからそんなこと言うでないよ。さ、少し持っておいき」 軽く虫食った果物を紙袋に詰め、差し出してくる。 一見虫食いの果物は不良品に見えるが、虫が目をつけるくらいの果物の方が意外に美味しいということも、このおばさんが教えてくれた。 果実の甘味は優しいが、返り血は酷く鋭い甘味がある。 舌すらもそんな非道なものを比べるようになってしまったことに、もう嘆くだけの心はなくなっていた。 「ありがたくいただきます。また来ますね」 口の端を持ち上げたが、うまく笑えただろうか。 つくづく、不器用だと思う。 笑い方をかろうじて覚えていて、おざなりに頬を引き攣らせている滑稽極まりない自分。 それは出来損ないの絡繰人形のようだと、思った。 紙袋を抱いたまま、己の罪業の色に酷似した色の空をふり仰ぐ。 はやく。 はやく。 時間が、ない。
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