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フィスの表情にちらりとよぎった影は、ほんの一瞬の残滓を残して消える。
マカッツがこっちを向いていなかったから良かったようなものの、見られていたら心中の鏡である自分の顔があらかた語ってしまうだろうこともフィス自身がよく知っていた。
「フィスの髪羨ましいー。いくら黒髪にしても癖毛は根本から直らないからさー」
「焼けて毛先がちりちりになっても目立たなくていい」
「気にするところはそこ? ……まあいいや。資料はあるから早く始めよう」
「そうだね……よし」
ざっとマカッツから渡された書類に目を通し、フィスは誰も気づかないような小さい溜息を一つ漏らした。
こんな仕事は、本当は嫌いだ。
断末魔の隣に生きる、殺生が生業など本当は褒められたものではない。
殺される側も地獄だろうが、殺す側も地獄なのだ。
兇手と聞けば嫌悪を剥きだしにする輩が多い中、こんな仕事ができてしまう自分も、大嫌いで。
そのために鍛え上げられた体は、決して女性らしいとは言い難い。
いつか自分が自分を許せなくなった時、然るべき制裁がこの身をどうとでもするのだろう。
それが今でない以上、私はしたいこと、やるべきことをなすだけだ。
フィスは資料片手に自分の仕事机に落ち着くと、頭を全力で回転させた。
流し読みで大まかな概要を叩き込みながら、計画の骨組みを組み立てていく。
フィスは懐を探り、使い古した黒く細身の万年筆を取り出した。
「例のもの、書き取って頂戴」
フィスは万年筆に囁きかけ、小さく吐息を吹きかける。
途端に万年筆が空中で直立し、ふわふわと行きどころをなくした風船のように揺れた。
「この紙の上だよ、宜しく」
まるで生き物のようにそれがひょいと弾んで、紙の僅か上で直立待機した。
一つたりとも、手違いは許されない。
限られた時間の中で完璧に任務をこなしてなんぼの世界。
自分の命が賭かっていて、手を抜く阿呆もいるはずがないのだが。
全く、報酬が金だけなんて割に合わない。
技術と体力気力を切り売りしているというのに、といつも思ってはいるものの。
闇の仕事であるからにして、こればかりは仕方のないことだ。
まだ、春の売買に絡まないだけ身体的にも精神的にも守られているのだから。
一つ分の間をおいて、フィスは一気に指示を飛ばし始めた。
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