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「フィス先輩、どうしました」
歓迎するような笑顔とは裏腹に、目が全くと言っていいほど笑っていなかった。
優秀な後釜を据えたはいいがこの後輩は相当な切れ者で、下手をすれば私が食われてしまう。
マカッツの奴め何を吹き込んだ、と一人毒づいて、事務的な表情を向ける。
「随分町長が面白いことをしているらしいからね。仕事さ」
「どちらのお仕事ですか」
「公的な仕事だよ。私的な仕事はとりあえず後回しだ」
嘘は言わなかった。
私的な仕事を後回しにすると言っただけで、『やらない』とは言っていない。
「…出来れば先輩に刃を向けるようなことはしたくないので、やらないで下さい」
後輩は今、昔の私と同じように役人に雇われているのだ。
私情など関係なく、雇っている人を守り、他の兇手を屠るためだけに在る。
私が町長を殺しにかかれば必然、後輩をも手にかけることになるのだ。
出来ればそれは避けたいと思う気持ちと、長年の内に洗練された純粋な恨みとが、残り少ない心の中で拮抗している。
「それは私も同感だ。直々に手解きをした後輩に殺められたくはないし、手にかけたくもない」
役所独特の澱んだ空気に似つかわしい、湿った会話で。
気づけば唇がすっかり乾いていて、蛇を思わせる舌遣いでちろりと舐める。
背を預けていた同朋すら、今は腹を探り合うだけの存在に成り下がった今。
私は、どうするべきなのだろう。
己に問うて、答えが出たことなんて一度たりとてないけれど。
「…法も、腐りきったな」
殊の外、その呟きは小さかった。
それでも、生き抜かなければならない理由は。
今も昔も、変わることなどなく。
「仕事での調査くらいは、構わないだろう?」
「身体に傷をつけない限りは」
明瞭な基準を突きつけてくるものだから、思わず笑ってしまった。
「分かったよ。肝に命じておく」
その肝がおそらく、聞く耳など持っていないだろうことも。
分かっては、いた。
すぐに殺欲に破られてしまう理性。
無茶苦茶だと思う。
仲間がいないと自制すらままならないなんて。
「調査完了後、報告に上がる。貴女が守るべき人を守ればいい。私を疑っているなら同行しても構わないが」
あんたなんて居ても居なくても変わらないと言外に挑発すれば、後輩の目元に険が宿る。
ああ、本当に邪魔だ。
魔力があれば跡形もなく吹き飛ばせるものを、こうも回りくどくしなければならないなんて。
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