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建物の日陰になった芝生はしんしんと冷たく、視界から静かにに染み入ってくる。
「自分がどうなっているのか、まだ分からないんですか!」
「…嫌というほど思い知らされてきた」
たとえ、私が知らない私をお前が知っていたとしても。
「少なくとも『他人』よりは分かってる」
静かで暴力的な言葉を投げつけることばかり覚えてしまった自分が、ここにいるではないか。
泡沫色をした瞳は揺れ、驚愕を滲ませて己を見つめていた。
貴方はこんなにも優しくて、傷つきやすい。
外界を知らぬ雛鳥のよう。
私そのものがこの世の闇を集約した存在と断言してもいいほどなのに。
わざわざ闇に入り込み、刺を掴むような真似をするのは何故。
「私の言動に驚いてるような者に何が出来る?他人の役には立つかもしれないが私からすれば木偶以外の何ものでもない」
酷い言葉は、私自身の矛盾だった。
苦しい、辛い、気づいてと。
私が弱いことに、気づくなと。
支離滅裂な歪みが、心にもない言葉を生む。
「酢豆腐で物を言うと、後で痛い目に遭いますよ」
汚い言葉は友達のように、忠告は他人のように。
こうして突き放せばもう、立ち入る隙など無い。
「では、失礼します」
呆然と立ち尽くす姿を見たくなくて、クローの横を数歩で通り過ぎた。
そんなことをしても、気配で感じ取れてしまうけれども。
…空間を越(わた)れないのが不便だ。
早く離れたい。
魔力を回復するには一体どうしたらいいのだろう。
呪いで封じられているのだからこの腕輪を壊してあの男を殺せばいいのだと分かってはいたものの、手段に迷う。
魔力無しでもあの男は始末出来るだろう。
但し、『奇襲で』という条件が付くが。
それは寝覚めが悪い。
しかし己に力が無い者なら一番確実な戦略ということくらい本能で分かる。
ぐるぐるとこんなことを堂々巡りしているのは単に殺したくないからで、そんな甘さに自嘲する。
「…だってさ」
殺す度、自分も殺すんだもの。
足の裏の感覚が芝生の生ぬるさから石畳へと移り変わる。
景色はやはり平和なままだ。
表面は何も変わらないこの町と、同じ。
それに意味という色付けをして己を納得させている者も、決して少なくないだろう。
安楽で、羨ましい。
何も知らない初な自分をその風景に組み込んで、一人感傷に浸る。
無為なことと、知ってなお。
「…だってさ」
純心無垢な感情なんて、忘れてしまったんだもの。
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