闇は闇を呼ぶだけで

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廊下の隅でいつものようにしゃがんでいた。 誰も声をかけてくれる人はいない。 部屋に帰れば枕を投げつけられて静かにしていられない。 だから埃くさい廊下の隅で、時間をやり過ごす。 ただでさえ少ない食事をひっくり返され、それで怒られては次の食事がなくなる、そんな日々の繰り返し。 怒られるのは別に怖くないが、ぶたれて青馴染みができたり食事がなくなるのは辛い。 抵抗すればするほど、それは酷くなった。 どうして、と訊いたら。 兄上が身分が高い人を殺したから、僕も『とがのちすじ』だからと言われた。 『とがのちすじ』は悪いことを平気でするから、何をしたって構わないのだと。 何をされても当然だと。 …このまま大人になったら、勝手に身体が人殺しを始めるのかもしれない。 だから皆から嫌われるのかもしれない。 だったら早く食事に毒を混ぜて食べさせてしまえばいいと思う。 そうしたら、死んで、人殺しになる人が一人減る。 どうして、そうしないのか分からない。 嫌われているのに殺されない。 それが不思議で不自然で。 「だいじょうぶ?おなかいたいの?」 同じようにしゃがんで、手を伸ばしてくる子供がいた。 伸ばしてきた手を叩いて振り払う。ぱし、と乾いた音がした。 一人にしてくれ、と無言に込めて。 だが少し間をおいて、頭を凄い勢いで横殴りに拳が叩いてきた。 「たたかないでよ!だいじょうぶってきいただけなのに!」 明らかに自分より幼い声に少し驚いて、顔を上げる。 腰のあたりで切り揃えられた赤く長い髪に、琥珀色の瞳、纏っているのは自分と全く違う上質なドレス。 こんな子が孤児院にいたのかと、純粋な驚感があった。 でも。しとやかに仕立てられた姿とは裏腹に、その目は怒りを見せつけていた。 まだ面差しは五十才くらいの、頑是ない幼児。 暫く不毛な睨み合いを続けていたのだが、不意にぐうぅと気の抜けるような音が聞こえた。 幼児がきょとんと首を傾げるのと、僕が情けない気持ちになったのは多分同時。 「…もしかして、おなかすいてたの?」 もしかしなくても、お腹は空っぽだ。 さっきの夕飯も抜きで、結局今日はパン一切れしか食べていない。 さっきまで怒っていたのが嘘のように、申し訳なさそうな顔になっておずおずと言葉をかけてくる。 「あのね、さっきのごはん、ぜんぶたべきれなかったの。だから、いっしょにたべよ?」
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