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ざら、と衣擦れの音がして埃まみれの床に裾が広がる。
ポケットをまさぐって少しひしゃげたパンを目の前に突き出してきた。
「ごめんね、つぶれちゃった……」
それでもいい?と聞いてくるその仕草には、滲む優雅さがあった。
それこそ、そのドレスに見合うだけの。
僕がそれに気づいたのは、ずっと後だったけれど。
そこで僕は何の疑問もなく、奪い取るようにしてパンを貪った。
この幼児の優しさなど、心に留めるだけの余裕がなかった。
心は兄上と、自分のことでいっぱいで。
だから何も自分からしゃべることはなかったし、何ともなしに彼女の話を聞いていた。
「わたしの先生、きびしくて。ごはんたべきれないと、おこるの。それに、べんきょうしないとたたかれるし、みんなとあそびたいのに、だれともおしゃべりさせてくれなくて」
勉強を強制される。
相当身分が高い証だ。
本人は気づいてすらいない。
何故そんな子が孤児院なんかにいるのか、分からなかった。
理事の誰かが引き取った子供だろうか。
それにしては、扱いが粗い。
「わたしだって、あそびたいのに。にわにでても走るとおこられるし、なにもすることないんだもん」
かなりぶすくれている。
話ぶりからすると、監視の目を掻い潜って遊んでいたら、たまたまここに辿り着いたらしい。
しかし、相手は大人だ。
階下で聞き慣れたキンキン声が近寄ってくるのを聞きつけるや否や、幼児は嫌そうに立ち上がった。
「また、くるね。先生きちゃったみたい」
ぱたぱたと廊下を走り、一度だけドレスの裾を踏んづけて転んだ後、階段をかけ降りていく。
ふわ、と優しい魔力が放たれて、自分の周りを取り巻いた。
驚いて階下を覗き込めば、教員に連れられた幼児が振り返って片目を瞑ってみせる。
(またあいにくる)
小さな、囁きがそっと響いて。
ふんわりとした魔力が溶けるように消えていった。
今のは夢で、天使にでも逢ったのかと思うほど現実味に欠けた出来事だった。
初対面で年下の女の子から殴られるという貴重な体験までしてしまったのだ。
「夢……」
呟きを否定するように、手の平にはパンくずがへばりついていた。
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