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「うそつかないで」
伸ばしてきた手はどこにも触れない。
好奇心に負けて顔を上げると、目に涙を溜めて今にも泣きそうな顔をしているのが目に入った。
目が合って、一瞬少女が怯む。
多分、今の僕の顔は凄いことになっている。
腫れと痣と擦り切れた傷と。
今更だが、素で喧嘩を売っても負けると分かっていたのに喧嘩を売った僕は馬鹿だった。
「あなたは、さわられるのいやみたいだからさわらない。でも、いたいのをがまんしちゃだめ」
何十年も前のことを覚えていたらしい。
伸ばしてきた手を振り払ったら、怒りに任せて殴られたことを今でも難なく思い出すことができる。
少女は肩にかけていた布袋に手を突っ込んだ。
予め用意してきたと言わんばかりの軟膏の筒と布を差し出してくる。
薬草くさい。
それを無言で受け取り、塗布していく。
こめかみから頬にかけての傷にひどくその軟膏はしみて、思わず手を止めてはまた塗り出すことを繰り返した。
そんな僕を凝視して、何故今少女が今にも泣きそうな顔をしている。
「ありがとうは?」なんて生意気に訊いてくるかと思っていたのに。
「いつものことだから、心配しなくていい」
少女の表情が、凍りついた。
言葉を重ねるほどどんどん状況を悪化させている気がして流石に焦る。
「いつも、こうなの?」
信じられないと言わんばかりの声音に、肯定を返す。
ああ、この少女はお姫様だから。
こんな醜い世界なんてきっと知らない。
「なにか、わるいことしたからけられてたんじゃないの?」
「一人で思い出し笑いしてたら、目障りだって部屋から追い出されそうになった。で、抵抗したらこのザマだ」
「どうし、て……?」
あの気丈な姿からは想像もつかないほど、年相応な困惑の表情。
堰を切ったように、ぽろぽろと眦から涙がこぼれ落ちる。
とうとうやってしまった。
貴族出らしき少女を泣かせたとあっては、明日からここにいられるか定かでない。
何か傷つけるようなことを言ったかと狼狽えたが、全然心当たりがない。
その上、理屈が分からないと謝罪しないという強情さも手伝って、どうしても謝る言葉が出てこない。
「どうして、いたがることへいきでするの……?」
……この少女は今、何と言った。
皆、誰かを傷つけることは当たり前。
正確に言えば誰かを、ではない。
俺を、だ。
「僕が我慢すればいいことだ」
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