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「なんで、がまんするの。いたいのがまんしたら、しんじゃうんだよ!」
がまんしちゃだめなんだよ、と何度も繰り返す必死な姿を、大袈裟だと一蹴することは出来なかった。
少女の中では既に、痛いという感覚が死に結びついているのだと知った。
そして、命知らずな正義感の持ち主だということも。
無知な子供だから出来る。
『とがのちすじ』を庇うなんて馬鹿げたことが。
人殺しをするかもしれない僕を、庇った挙げ句泣いて心配までするなんて。
とんだお人好しだ。
「僕は、多分これから人を殺すん。だから、何をされても仕方がない」
「いままでひとごろししてないひとを、きずつけるのがあたりまえなんてへんだよ」
そう、変。
変でも、それが普通。
大人の世界は、全部歪んでいる。
子供の無力な叫びは、常識という魔物に握り潰される。
そこに説明できる理屈なんて存在しない――――――全ては利害と欲が生み出した結果にすぎない。
それに気づいたのは、年月を重ねて僕が少し大人の世界に近づいたからだ。
「僕の兄上が、偉い人を殺した。だから、僕も人殺しの素地があるんだってさ」
「かんけい、ないよ!そんなの!」
何故、そう言い切れる。
せくりあげながら、必死に否定する姿がいじらしい。
人のために泣けるなんて幸せだ。
僕のために泣いたって、利益なんてこれっぽっちも無いんだけど。
「えらいひとだって、びんぼうなひとだっておなじ。さされたら、みんなしんじゃうんだから!」
実に子ども子どもした理由。
籠の中で育った、鷹の子のよう。
外がどんなに理不尽な世界か、知らないまま。
気紛れな嵐に、全てを壊し尽くされることだっていくらもあるのに。
「あなたは、偉い人だからそんなことが言えるんだ」
上質な着物、手入れの行き届いた髪、立ち居振る舞い、何もかも。
嫉妬というにはやや濁った感情が行き場をなくす。
「えらくなんて、ない。わたしをまもってくれるひとたちはもう、しんじゃったから」
言葉は理解出来ても、意味がよく分からなかった。
「えらくなくても、できることっていっぱいある。あくまのちからがあれば、えらいひとだってこえられる」
力強い、迷いなんて感じさせない声で。
何かの決意の末端を言っているのだと、朧に理解した。
数日後、孤児院は全焼した。
僕ともう一人の赤子以外、皆炎に巻かれて死んだ。
だから、あの少女も死んだのだと、漠然と思っていた。
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