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「それで。ついでだから町長の部屋まで案内してくれないか」
「私の任務は小間使ではない」
「知っている。だから頼んだ。」
つんと顔を背けて部屋を出て行く後輩の仕草はまだ幼げで、懐かしい。
昔から言い分が通らないと高飛車になるきらいがあった。
それはそれで憎めないのが、彼女の魅力だろう。
「……今日だけです。次回はちゃんと正規の手順踏んで下さい」
「十分正規だよ。職員に取り次ぎを頼んでるだけいいと思うけど」
更に後輩の機嫌が急降下しているのを見て取り、妙に勝ったような気分になった。
結局後輩が折れて、薄明るい階段を上っていく。
心無しか、足取りが乱暴だ。
狭い階段に響く音が妙に耳について、無機質な壁に触れる。
何百年も人が出入りした建物には独特な臭いがついている。
この役所もまた然り。
壁についた染み、罅、錆、軋み、ここを離れてからさして時間は流れていないのに、懐かしい。
一方的に知っている人と何人かすれ違ったが、誰も私を気に留めはしなかった。
当時は魔法を駆使して印象を変えていたから、今の私を見ても一発で見破れる人は後輩以外にいない。
「町長様、失礼致します」
後輩が立ち止まり、つきあたりの壁に向かって呼び掛ける。
つう、と不自然な割れ目を指で辿っていくのを目で追っていくうち淡い緑色の光彩が一瞬ひびを走り抜けた。
壁が戸の形をした部分だけどろどろと溶けていく。
町長室にこんな気持ちが悪い仕掛けがあったかと思い返すが、いまいち記憶が曖昧だ。
ぽっかりと開いた入口の向こうに、白髪混じりの壮年の男が書簡を片手にぼんやりとしていた。
地方の役所なんて、自分から仕事を作らなければ今の時期にやることは殆どないだろう。
「君か。……誰だね、その方は」
一瞥はしたものの、私の存在を含めても興味対象外だったらしく書簡に視線が戻る。
「私の先輩で、今は別の仕事をなさっています。本日は調査の為来られたそうですのでお通ししました」
一拍おいて男は気怠げに立ち上がり、棚に手をかける。
「そうか。……下がりなさい」
「それでは」
あっさり下がった後輩は、閉じていく壁の向こうに消えていった。
扉は開けておいて欲しいと思いはしたものの、今の私にはさしたる問題もないと結論づけて思考の外へと追いやる。
「どうぞお掛け下さい」
「失礼致します」
男が茶器を持って室を行ったり来たりする姿を、何をするでもなしに見つめる。
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