闇は闇を呼ぶだけで

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視線をずらせば仕事机の脇には小さな花瓶に二輪、可愛らしい花が生けられ、殺風景な中にささやかな彩りを添えていた。 開け放たれた広い窓には青い空が映り、もこもことした雲が泳いでいる。 全くのどかで、私の人生と正反対の景色。 「どうぞ」 何やらいい匂いがすると思ったら、ハーブティーだ。 目の前に置かれた硝子細工のカップに注がれたそれは、ゆらりと甘い揺らぎを立てる。 「ありがとうございます」 袖の装飾に挟んであった薬包を引っ張り出して、そのままハーブティーの中に中身を流し込んだ。 「それは?」 「砂糖です。渋いものが少々苦手でして」 この台詞を、何度繰り返しただろう。 兄様に初めて怒られたのも、こんな他愛ないことだった。 一つずつ、生きる術を教えてくれた。 兄様はもういないのに、生きているような気がするのはこんなところにまで兄様の存在が根差しているからだ。 香りに誘われるようにして一口流し込み、喉が渇いていたことに初めて気がつく。 余程気が張っていたらしい。 程よい熱さが、喉を滑り降りていく。 更に渋くなってしまった味が、くだらない躊躇いを造作もなく断ち切った。 「性急で申し訳なありませんが、本題に入らせて頂いても宜しいですか」 宜しいですか、と訊いてはいるものの、拒否をさせる気は毛頭なかった。 視線を捕らえてやれば、少し迷うように目が泳ぐ。 「もしここで話が出来ないようならば、強制捜査に入らせて頂きます。とは言っても、別に調査と言っても形だけで握り潰すことは出来ますのでご心配なく」 調査なんて、私が知りたいからするだけだ。 公の名目に便乗しているにすぎない。 男がたたた、と軽快に指で机を打った。 「随分と成長されましたね、カンゼル家の汚嬢様が」 吐き捨てるような言葉と共に右肩が痺れ、焼けつく。 手にしていたカップを落としそうになって、左手に持ち替えて卓に置いた。 読みが甘かったか。 これだけ焼印が疼くのは、この男が直系に近い証だ。 「何だ、やっぱりカンダクシの一派か」 私の答えが気に入ったのか、男の相好が崩れる。 余興を愉しむような目で、男は目尻を下げた。 ついに化けの皮を剥いだと思ったのに、思わぬ余裕ぶりに面食らう。 しかしどの道、中身はこれから始末しなければならない。 「我々の手間が省けました。機動力になる者達を失った甲斐もあろうと言うものです」
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