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す、とおもむろに男の人指し指がフィスの右肩に向いた。
熱湯が突き抜けたような痛みに、思わず右肩を庇う。
「っつ……!」
ぴしん、と左腕のバングルが嫌な音を立てた。
鎮まっていた蒼炎が、息を吹き返す。
はっきりと身の内で具現し始めた力は、もう抑制の術を持たなくなる。
コワシタイ。
コロシタイ。
ハカイ、ホウカイ。
アカイセカイハ、トテモキレイ。
「思っていたより保ってしまいましたから、そろそろこちらから伺わねばと考えていたのです」
全身の繭が解けていくような、五感が目覚めていくような。
つい一月前の、私の姿が。
「私としても来てもらった方が好都合だったかな」
口の端を上げて言い返したはものの、負け惜しみじみてしまうのが悔しい。
どうせ、来るのは下っ端でどの道私が動かなければならなかっただろうが。
「貴女なら同じ境遇の子供を庇い立てするのでしょう。肉親を失い、孤児院で理不尽な扱いを受け、男は戦に女は慰み者に――――」
きっと睨んだ視線を軽くあしらうが如く微笑まで浮かべて、男は肩を張ってみせた。
予定調和と言った風情なのも気に食わない。
「無力な『人』と魔族は干渉しない。これが掟だったはずだけれど?」
「無力?どこが無力なものか。戦に滾る血を我ら魔族に与える恩恵の源だ」
人は、魔族以上に戦を好む。
欲に刃を取り、義に刃を取り、何かにつけて血を流そうとする。
魔族は兇手や賊以外、人を殺すのを生業とする者はいない。
魔界では殺生は絶対悪であり、黒魔術師と同等に扱われる。
白魔術師であることを誇りにする魔族にとって、黒魔術は侮蔑の対象にすぎない。
だというのに人は、黒魔術を容易に操る。
言葉に魔の力を込めて呪えば、相手の心を壊す。
手の刃物に魔の力を込めれば、相手の命を奪う。
感情一つで魔を扱う、恐ろしい『人』。
しかし、白魔術を扱う術を知らない。
よしんば知る術があったにせよ、魔を白魔術として使えるほどの者はいない。
壊してしまった心を治すために人は魔を使えない。
絶たれた命を取り戻すために人は魔を使えない。
人の世には時間、輪廻、自然の摂理の中にしか、白魔術は存在しない。
優しさでは、白魔術は使うことはままならない。
人に魔力がないわけではなく、人が使える『魔』が人の世に存在しないのだ。
それでも、人は魔力を操り魔が無くとも破壊することだけは出来るようになってしまった。
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