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「不本意ながら、そうですね。でも魔力で勝っているからあいこですよ」
何故だか会話が脱線するのはいつものこと。
場の雰囲気が重たい時には重宝するが、腐っても真面目にしていなければいけない時は今のように、困るわけである。
「大体、少しは煙草代返上して有能なる部下達を労って奢ろうって気はないんですか」
「今懐が寒いから、したくても出来ないんだよ」
「でしょうね。煙草なんて七割税かかってんですからバカになりませんし」
「生憎と産地直送だから新鮮でね。原価で買っているよ」
「煙草に新鮮も何もないでしょう。火をつけたら灰になるんだから関係ありません。ついでにそれ、脱税行為じゃないですか」
「全く煙草の美味さを知らない野郎は無粋な事を平気で言ってくれる。それにまともに税を払っていたら生活が成り立たないよ。納得ずくだ」
「野郎じゃありません。大体昼飯まで煙草臭くなってしまって無粋なのは一体どっちですか。因みに税を払っているだけで生活不能になるのは長官だけです。断言して差し上げます。長官が脱税に納得してもまるで意味がありません」
とうとう我慢ならなくなって、振り返る。
紫煙をくゆらせている煙管を外し、長身痩躯の男は風が撫でるように笑った。
甘い顔立ちながら眼光は鋭く、真一文字に引き結ばれた口元は冷徹ささえ垣間見せる。
ゆるやかな紅茶色の癖毛は更に彼を甘やかに見せていた。
冬だというのに『只今真夏満喫してます』と言わんばかりの、慎ましやかに言えば軽装、露骨に言えば露出狂ともとられかねない服装で。
その合間から覗く首から右肩に走る火傷の痕を勲章が如く見せつけるように。
そんな格好が実に似合い、仕草一つ取ってもごく自然にとけ込むような、掴みどころのない雲のよう。
「全く並外れた現実感覚だよ。もう少し夢見る乙女の時間を謳歌してからここに来れば良かったのに」
書類を仕分け、線を引いていたフィスの手が躊躇うように止まった。
こんな感情がよぎった時、普通の人なら怒るのだろう。
「……長官」
自分でも驚くような冷え冷えとした声音に、男は思い直したように踵を返す。
「この仕事が終わったらいいものを渡すよ、カンゼル。マカッツと頑張っておいで」
二人の日常化している挨拶代わりの口論に呆れた風情のマカッツと俯き加減に書類と格闘するフィスを背にして、男はさして大きくない仕事室を出ていった。
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