彼の大きさ

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しかし、彼は家には居なかった。料理も、携帯電話も、机に置いたままだった。マメなあの人が携帯電話を忘れるのは珍しく、近くにいるのかと思い、私は家を出て近辺を歩き回った。しかし見つからない。公園や近くの空き地も見たが、彼の姿は無かった。彼の実家や、携帯を調べ、彼の友人宅等にも電話を入れたが、来ていないと言う。   家に帰り、2時間が経過した。私はその時考えていた。帰ってきたら頬をつねってやろうと。幾らなんでも心配させすぎだ、悪戯が過ぎる、と。明日は休日だからこんな事をするんだろう、と…   それが彼との最後の夜だった。   事故現場は家周辺の一方通行の十字路だった。横から飛び出してきた車と衝突、即死だったそうだ。時刻はPM10:20、丁度私が家を出て10分経過した時間だった。   その際彼が持っていた遺品は、缶コーヒー1本、女性用のガウンジャケット、現金で120円だということを聞かされた。   私のガウンジャケット、まだ未開封の缶コーヒー、私の為のジュース代。細やかな気配りの中に、彼の深い愛情と優しさが感じられた。   一緒に帰りたかった。その言葉を心の中でつぶやいた。同時に私の目から涙がとめどなく溢れた。   改めて、彼という存在の大きさに気付いた。ただ、情けなくて、悔しかった。
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