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「ねぇ、私、貴方に食べて欲しいな」
ある日、愛奈は突然そう言った。
僕は、唐揚げを口に入れようとした格好で、数秒ほど硬直していた。この子は何を言っているのだろうか。何か悪いものでも食べたのか?
「な、何言ってんだよ突然…第一、昨日『した』ばっかりじゃ……」
「そういう意味じゃないよ、スケベ!」
彼女は顔を赤らめながら僕に怒鳴りつけた。そして、手にしていた箸を置き、言葉を続けた。
「そうじゃなくて、いつかは私も死んじゃうわけでしょ?そうなったとき、もし貴方の方が長生きだったりしたら、私の事を食べて欲しいの。そしたら貴方の中でずっと生きていられる気がするから」
そう言って微笑んだ彼女はどこか悲しげで、僕は何と言えばいいのか分からなくなった。
普段の愛奈からは想像できない、思い詰めたような表情に、僕は少なからず動揺していた。
「…お前、そんな暗い事考えんなって!第一、俺みたいにガンガン煙草吸ってるような男が長生きできるワケないじゃん」
精一杯明るく言ったその言葉は、何のフォローにもなっていないとそのとき僕は気付かなかった。
「それにさ、そういう…人肉を食べるとかって、カニバリズムって言って立派な犯罪なんだぜ。別にお前の体だったら気持ち悪いとかでもないけどさ」
馬鹿みたいに明るい口調で話す僕を見て、彼女はしばらく黙り込み……そして笑いながらこう言った。
「冗談に決まってるでしょ、私みたいに健康体な女の子がそんな簡単に死ぬわけないじゃない」
僕は、予想外の返事に、半開きの口を閉じるのも忘れて愛奈を見た。彼女はそんな僕の表情を見てクスクスと笑う。
少しだけ頭に来た僕は、頬杖をついて、ふてくされたようにこう呟いた。
「冗談でよくそういう事が言えるよ…」
それを聞いた彼女は、笑い声を止めて、しかし相変わらずおどけた笑顔で「あれ?おこらせちゃった?」などと僕の顔を覗き込んできた。
それでも僕が目を会わせないようにしていると、そのうち申し訳なさそうな表情になり、サラダを自分の取り皿によそいながら謝罪の言葉を口にした。
「ごめんね、ちょっと思い付いちゃっただけ」
その後はお互いにひとことも喋ることなく、沈黙の食卓にバラエティー番組の笑い声が虚しく響いていた。
なんとなく気まずい雰囲気のまま、その日の夜は背を向けあって寝た。
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