天使と黒色と幕開けと

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   しかし、その美しい風貌とは裏腹に、羽織っている穴だらけの薄汚れた白い外套は、川の水で濡れていて大層寒々しい。その上、華奢な少女には不釣り合いな、長い黒鞘の刀を大事そうに両腕で抱えていた。  暫く神秘的にも映る天使のような少女に見入っていたライルだが、はっと気付くと慌てて少女を揺する。 「お、おい! 大丈夫か!?」  少女からの反応はなく、少し苦しそうに眉を寄せ肩で息をしている。触れたその身体は、酷く冷え切っていた。  ライルはぐったりとした少女の外套を手早く外すと、自分の着ている上着を掛ける。彼女の抱く黒鞘の刀を自分の腰に携え、彼女自身をそっと抱き上げた。 「うわ軽っ! ちゃんと食ってんのか?」  ライルは少女を、所謂お姫様抱っこで抱えていた。  慣れないこの行為にどぎまぎしながらも、ちらりと少女を見下ろせば、何とも言えない間合いで彼女は薄く目を開く。長い睫毛の奥の淡い光を発す蒼氷色の瞳が見えた。ただ、意識がはっきりしていないようで、焦点が定まっていない。  その蒼色を孕んだ瞳は、何とも言い表すことが出来ない、とても不思議な感覚がした。 「…………、て」  少女はとても小さく、唇が微かに動く程度に何かを呟くと、静かに目を閉じた。そっと蒼の光が消える。  少女の呟きが聞き取れた様子のライルは、困惑の眼差しで彼女を見下ろす。だが、小さく息を吐くと、彼女を抱えたまま歩き出した。  ◆ ◆  一方で。  ライルが少女と邂逅を果たしたその頃、少女を追っていた兵士のリーダー格の男が頭を抱え込んで唸っていた。 「くそ! 崖から飛び降りたなんて報告したら、俺の首が……。兵士長ともあろう者がこんなことでどうするんだ……っ」  どうやら男は兵士長という役職のようである。  そして今、この男は王への報告内容に、頭を悩ませていた。王が捜している可能性がある少女の安否が分からないなど、由々しき事態だからだ。あそこまで追い詰めておいて……、という思いも、彼の憂鬱を後押ししていた。  頭を抱えた体勢のまま、男は深いため息をつく。  嘆いてどうにかなる話ではないのだが、嘆かずにはいられなかった。
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