天使と黒色と幕開けと

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   彼は第一王子――ウィリアム・へル・ホワイト。金髪碧眼で眉目秀麗な青年。色素が薄く、白い詰襟姿で立つすらりとした体躯は儚さを匂わせるが、何より冷悧な双眸の冷ややかさが際立つ。およそ三年前、十九歳にして国の政治を任せられ、現在王に最も近い存在である。  その若さにしての地位から天才と誉れ高い美しい青年だ。しかし、兵士や家臣たちの間では、性格に難有り、というのでも有名だった。 「ジィン、お前の母上が呼んでいる。行ってきなさい」  抑揚のない冷たい響きの声で、ウィリアムはいまだ己の腰元に張りつくジィリアスの背を叩く。 「ええっ! 僕あのおじさんに訊きたい話があっ……」 「ジィン」  不満げな彼の台詞を遮り、平淡に名前を呼ぶ。そのことにジィリアスは睫毛を震わせた。敬愛する兄に嫌われたくない、少年の心はその気持ちで満たされる。幼心に刻まれた絶対的なそれに逆らうことも出来ず、小さく謝罪の言葉を述べると、母親がいる部屋の方向へと駆けて行った。  無言で彼を見送ったウィリアムは、男を見やる。ジィリアスに向けていたそれとは異なる、暗い冷徹な双眸。男は恐怖に肩を震わせ、ぴしりと姿勢を正した。 「……言っただろう。あの話はジィンの耳には入れるな、と」  先程よりもさらに低く、威圧感の隠る声で彼が目を細めると、男は焦ったように深々と頭を下げた。 「も、申し訳ありません!」 「謝られても不愉快だ。貴様、名は?」 「はっ! ロジャー・アングルと申します」 「そうか、貴様が兵士長か……。逃した件は、王には上手く報告しておいてやろう。その代わり、必ず見つけ出せ。良いな?」  碧の目を微かに細めながら、ウィリアムは何処から取り出したのか、一枚の紙をロジャーと名乗った男に弾いて渡した。  ひらひらと舞う紙を何とか地面に着く前に掴んだロジャーは、おずおずと口を開く。 「あの……こ、これは?」 「それが国王の捜している娘だ」  茶褐色の瞳を目一杯見開き、先程の予感を確かめる為に慌ててロジャーはその紙に目を落とす。  銀の髪。  蒼い瞳。  絶対的な美貌。  そこには、崖から飛び降りたあの美しい少女が描かれていた。
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