序幕

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  「直ぐ、終わるから」  少女は迷うことなく数種類の薬を塗り込み、慣れた手付きで包帯を巻いてゆく。獣は大人しくうずくまり、されるがままである。それは他人が見れば、喫驚のあまり倒れてしまいそうな光景だった。  治療ののち『合成獣』は嬉しそうに一鳴きすると、巨躯を少女に擦り寄せる。甘えてくるの頭を撫で、彼女は小さく安堵の吐息を吐き出した。けれど、それも長くは続かない。 「何処だ娘! 出て来いっ!」  突如、森に大声が響く。苦渋の色が微かに滲む顔を上げた少女は、地面に置いておいた黒鞘の刀を掴む。立ち上がり、長い髪を押し込みながらフードを目深に被り直した。 「貴方はここから南に行って、『白の国』の領土から離れた方がいい。そこなら『白の国』の兵士たちは来ないだろうから」  言って、少女は『合成獣』の首に巻かれた窮屈そうな首輪を暗闇の中で器用に外す。その身体を急かすように押した。しかし、獣は頑として少女から離れようとしない。寧ろ、のちに現れるであろう兵士たちに噛み付かんばかりの勢いを見せた。そんな獣の行為に微かに表情を歪め、もう一度軽く背を押す。 「いいから、行きなさい」  凛とした響きの強い声に、獣はびくりと反応を示す。この場を離れることに躊躇を見せはしたが、少女の眼差しに気圧されたかのように身体の向きを変え、南の方角へと走り出した。  少女は森を駆ける『合成獣』の大きな背中を見送り、安堵に表情を緩める。  しかしその安堵も束の間、彼女の声を聞き付けた先程の幾つかの声の主――少女を追っていた者たちが姿を現した。  堅苦しい白い軍服に同色のマント。皆、手に武器を持っている。一見しただけで分かる、『白の国』の兵士たちであった。 「おい、お前が蒼氷色の瞳を持つ娘だな?」  彼らが少女について知っていることはそれだけなのだろう。長槍で威嚇しながら、高圧的に兵士の一人が問う。同時に、数本の槍の切っ先が彼女へと向けられた。鈍い光。その切っ先を冷々と睥睨し、彼女は億劫そうに口を開いた。 「……だったら何?」  先程とは打って変わって声色は厳しく重く、嫌悪感を露にしていた。しかし、尚その声は美しい。 「白の王のご命令だ。我々と共に来い娘」 「嫌」  間髪を入れず否定の言葉を発した少女に、兵士たちは驚きの声を上げる。
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