天使と黒色と幕開けと

2/7

1073人が本棚に入れています
本棚に追加
/490ページ
   物語が動き出す。  悲劇の舞台の役者に誘われたのは、年若き少年。  彼が何を意味するのか、それらは開いた幕に包まれて消える。  ◆ ◆  それはとある民家のことである。  細身の少年が明け方から不満を漏らしつつ、不承不承、掃除をしていた。 「全く、じじいは人使い荒すぎるっての」  真っ黒になった雑巾をバケツに投げ込み、額の汗を拭った。この世界において珍しい、黒髪が俯いた首筋に掛かっている。  少年の居る天井の低い部屋には至るところに本があり、本棚すらはみ出す量だ。どうやら彼の居る場所は書庫らしい。室内の本の状態は良いようだが、埃っぽいこの部屋は身体に毒だろう。  少年の名は、ライル・フォードといった。『白の国』の第四区に在住の、平民たる一般市民である。  王政国家として成り立つ『白の国』は、六つの「区」と呼ばれる地区で構成されている。  まず、第一区が王族。端的に言うならば、城がある場所だ。王族以外には、そこに仕える家臣たちしか立ち入れない。平民が入ろうとするならば、審査の厳しい謁見許可を得る必要がある。  第二区は貴族たち。王族程ではないが、金持ちで裕福な者しか居ない地区だ。彼らのうちで最高位の地位を持つ者たちならば、入城が可能となっている。  第三区はエルフの民。見た目は人間と然程変わらないが、その特徴として、鋭利に尖った耳と基礎能力が人間より遥かに高いということが挙げられる。また、彼らは人間より遥かに長命。国唯一の人為らざる者たちである。  第四・五区は平民。この区の人口が最も多く、貧富の差は無法地帯と呼ばれる『黒の国』に比べれば、ないと言っても過言ではないだろう。  そして、第六区は人間が住んでいるわけではなく、多くの国家施設が建っている。ここも、平民の立ち入りは原則禁止だ。  ここ、ライルの自宅は、第四区と言っても区の都心などではなく、国境沿いの小さな街。その山中だ。ライルは祖父と二人、山中に聳える古めかしい邸宅で暮らしている。 「はあ、俺は訓校あるってのに」  不満げにライルは呟く。彼の言う訓校とは、『訓練学校』の略称である。第四・五区の十代の少年少女は、『訓練学校』と呼ばれる武術に関する学校か、『語術学校』という学問に関する学校に三年通い、武力や教養を深める制度があるのだ。大抵の場合、十二、三歳くらいから通い始めるのが一般的である。
/490ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1073人が本棚に入れています
本棚に追加