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「どうぞ」
と、父親の声が中からし、護は静かにドアを開けた。
応接室の右側のソファには、黒い神父服を纏った父親が、その向かい側のソファには、でっぷりとした体格の男が、この家には不似合いな派手なアロハの襟元を摘み、せわしない動作で風を入れていた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。外はかなり暑いようですね」
アロハ男と違って、父は至って涼しい佇まいだ。父は滅多に感情的になることも、文句をいうこともない。どんなときも柔らかな表情を崩したことがない。
護がこの世で一番尊敬し、こんな大人になりたいと切望する人物が、この父だ。
「今日は真夏日のようです。お客様に何か冷たいものでもお持ちしますね」
護はそそくさと応接室から退散した。アロハ男の「お前は誰なんだ」と言いたげな目つきは、あまり気分のいいものではなかったからだ。
(また、借金取りかな?)
護は小さく嘆息した。
この家も教会も、実のところかなりお金がない。それは昔からなのだが、一切の贅沢を避け何とか乗り切ってきた。心ある人々からの寄付もあり、護は大学へも通わせて貰えている。
父は護に何も言わないが、護だってもう二十歳だ。
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