目覚めたる悪魔

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目覚めたる悪魔

濡れた黒髪と魅惑的に赤く燃える瞳、情欲にたぎる血肉を抱く、人間ではない人間の姿に似た、存在。 人々は、彼をこう呼ぶ。 悪魔 と。 時に悪魔は、人間を惑わし、その肉体と魂をかっさらって往く。だが、その代償を覚悟してでも、悪魔と契りを結ぶことを欲する者は後を絶えない。彼等は密かに禁じれたサバトを催し、我先に欲望の限りを乞い願う。 「…私を呼び出して、なにを得たい?」 悪魔は極上の微笑みを浮かべる… ある者は権力を、またある者は富を、欲した。悪魔はいとも容易く彼らの望みを叶えてくれる、本当に大切なものと引き換えに。 また、大義名文の為に我が身を捧げる者も少ながらず歴史には存在する。彼らの高潔な魂も、例外なく悪魔の手に墜ちた。貪欲な亡者のそれよりも聖人の清い魂は、悪魔の胃袋を幸せに満たした。 永い悠久の時の流れを自由に泳ぎ、悪魔はその黒い心臓の鼓動で人間の歴史の闇を作ってきた。 「…畜生!まずった!罠だったか」 大規模で盛大なサバトの邪気に吸い寄せられ、美しいブルネッロの青年の姿を借りた悪魔は、フランスはパリ、花の都の大聖堂の梁に腰掛けた。居心地は余り良くない。聖なる場所というのは、悪魔にとって、居るだけでエネルギーを消費する。だが、今夜は別だ…悪魔は手揉みしながら、微笑んだ。 数時間後。 名だたるエクソシストや司教達に追われた、悪魔は手負いのまま、しっぽを巻いて大聖堂から逃げ出した。 「なぁに…外に出られりゃ、私の自由だ」 人間達に悔し紛れの大口を叩きながら、悪魔は命からがら逃げ延びた。 ややあって、パリの郊外の人気のない…貴族の邸宅が集まった閑静な土地に、悪魔は降り立った。 「…ふぅ」 悪魔は安堵の溜め息をついた。だが、悪魔は借りの人間の姿を保てない程、明らかに衰弱していた。夜闇に潜みながら、悪魔は必死でズル賢い頭を巡らせた。 これから、どうやって私を罠に嵌めた、あの神の子達に復讐してやろうか…と。 暫くして、悪魔は、小さな祈りの声を聞いた。誰かは知らないが、金持ちそうな貴族の庭園で爪を研いでいた悪魔は、腰掛けていた噴水の中にある、大理石のダフネから飛び降りた。そのまま、見えない糸に引き寄せられるように、悪魔はある青年貴族の部屋のバルコニーの手摺まで導かれた。 「…誰だ!?」
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