960人が本棚に入れています
本棚に追加
/140ページ
『美咲』
彼の。
彼の声が聞こえた気がした。
ナルちゃんの声と重なって。
「…っ…その呼び方やめて」
溢れそうになる熱いものを堪えるように、私は唇を噛み締める。
忘れようとすればする程、思い出してしまう愛しい人。
「あぁ……ごめん」
ナルちゃんは申し訳なさそうに頷くと、私の唇に指を当てた。
「…なに」
「唇、切れるから」
噛むなら俺の指噛め、とナルちゃんは私の唇に指を押しつける。
「え…? だ、大丈夫だから」
私はあわてて口を開いた。
ナルちゃんの指を噛むなんてとんでもない。
「そ。じゃ飯にしようよ」
ナルちゃんは私の手と袋を取って、ゆっくり歩きだした。
この人は人の気持ちが読めるのだろうか。
ナルちゃんは居心地がいい。
言葉も行動も癒される。
「今日はカジキ鮪の煮付けだよ」
あとケーキ。
そう付け足して、ナルちゃんの横に並んだ。
最初のコメントを投稿しよう!