三崎 栄司

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*** 「栄司入っても問題ナッシングだからさ」  外は気持ちいいほどの晴天。  ただ気温は、息が白く凍ってしまう程の寒さであった。  何気なく窓から外を覗くと、沢山の生徒が続々と登校し、クラスメートと会話を交わしながら校舎に入っていく。その光景は、数本の細い枝が中心の太い幹に集まっている樹形図のようだった。 「いや、入る気はまだねえから。ごめん」 「……まあ、入りたくなったら言えな。いつでも歓迎だから。何気にサッカーセンスあるし」 「わかったわかった」  首にかけたタオルで汗を拭きながら西山は俺の席から離れていった。  やっと解放された俺は深くため息を吐き、針の動く音がしない黒板の上に設置されている時計を見上げた。 「またサッカー部の勧誘ですか、栄司クーン?」  陽気な、同時に鬱陶しいものでもある声を背中に受けた。 「……お、矢部」  俺は振り向き、その明るい声にそっけなく返事をする。  後ろには、まさに日の出のように明るい笑顔をした少年が立っていた。髪の毛は短く、ツンツンと尖っているのが特徴だ。 「いやぁ、あいつらもしつけーよな。栄司も栄司だけど。そんなにイヤなのかよ、お前?」 「いや、まあ。……それにしてもさ。お前、朝からテンション高いな」  そう訊くと、矢部の表情がさらにほくほくした物となり、ニヤつく。 「……あ。いやぁさ、俺マジでな、マジの話、これほんと」  矢部が声を潜めて俺の耳に口を近づける。 「つまんない話?」  少し間を開け、矢部はぼそりと言った。 「……由香ちゃんと、つき合うことになった……」  ふぅん。  …………。 「……え、え、マジメ?」  い、今こいつ何て言った?  いや待て落ち着こう。こいつの事だ。妄想の可能性も十分有りうる。 「も、妄想じゃねぇぞっ!? マジで、ほんとに、ガチで! 断じて!」  必死に喋る矢部。その必死なる姿からは嘘を感じさせなかった。 「……まあ詳しくはあとで教えてやる」 「あ、うん」  矢部は嬉しそうにスキップをしながら自分の席に戻った。辺りのクラスメイトが不思議そうに首を傾げていた。  ……あの矢部が。  本当だとしたら、凄い。  これが奇跡って奴か。  俺は意味もなく頭の中で感想を述べた。  
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