三崎 栄司

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***  ふと、チャイムが柔らかに流れた。その音を聞き、クラスメイト達は自身の席を目指し、そして続々と座っていく。しかし、関係ないという顔をして会話を続けるクラスメイトもいる。  すると、ドアがガラリと開かれ、一人の教師がずかずかと入ってきた。縦横共に標準中学生の二倍はありそうな、大柄な男の教師だ。  この人物が教室という箱に介入してくると、悪あがきをしていたクラスメイトを一掃するように「鳴ってるぞ」と言い、綺麗に一人残らず席に座らせた。  村上。号令頼む、と先生が村上に目をやると、彼は友達との会話に熱中し、全く聞こえてないみたいだった。  先生はわざとらしく大きく咳き込みをして注意を促す。村上はすぐに気づき、「あ、やべ」と慌てて先生の方を向いた。  彼は適度にざわついているクラスに「起立」と声をかけ、皆はそれに従い席を立つ、そしてフィニッシュには多少だらけているように思える、「礼」という声を発すると、皆は気にせずに「おはようございます」と揃えて言った。  そう、ただ皆はその『流れ』こそが『朝の挨拶』だと解釈している。どんな言い方をしたかなんて、そんな些細なことは気に留めないのだ。  ちなみに、俺は形式上に『流れ』に乗っかっているだけで、挨拶は口にすら出していない。俺一人分の声など1%にも満たないだろうと考えての判断だ。ちなみに、先生の気合いの入った声がほとんど多くの割合を占めている。  ガタガタと音を立てながら皆が席に座り、そして先生が手元の資料らしきものを見て話し出す。 「えーまず、連絡事項、今日は移動教室が多いから注意してな」  これは、どうでもいいこと。……適当に聞き流そう。  今、先生の話より数万倍気になるのは、やはり矢部公平だった。俺は自分より前に座る矢部の背中に焦点を定めた。  別にいつも通りに思えるが、意識すると何か違う気もしないでもない。  矢部の内側が躍動していて、俗に言う、ウキウキとしていた。 「今日、理科、実験だと聞いたぞ」  やっぱり、先生の話はどうでもよかった。
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