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「栄司」
朝の会が終わり、教室を出ていく先生の背中を見届けた後、矢部が音楽の教科書を両手に持ちながら机の前に立っていた。
「移動教室だから早く行こーぜよ」
「おお、わかった」
「……なあ。なんでお前ってさ、いつもそんな眠そうな顔してんの? 低血圧なんすか?」
前にも言わなかったっけ?
「深夜、サッカーの試合とか観てるから。今日のはちょっとウイイレのやりすぎだけど」
「ふ~ん…ほんとにそれだけかぁ?」
矢部は細い目をして俺の顔を覗き込む。
「うん」
「即答かよ」
「そんな……エロい物観るの、お前みたいなスケベで、ちょっと大人の階段昇っちゃおうかなーっとか思ってる奴だけだろ」
「いや、違う。俺はフルオープンだぜっ! フルが大事っ」
胸を張って謎の宣言をする矢部。大声で叫ばれたものだから、当然矢部に視線が注がれ、ついでに俺にも妙な視線を送られる。
正直なところ殴りたかった。
だが、俺は矢部の先を歩く。
一刻も早くこいつから離れたかった。
「あっ、ごめっ、うそうそ! ガチで待って、栄司クン!」
苦笑いしながら矢部が追いかけてきた。
……あ、そういや。
こいつの彼女の話聞いてなかったな。
「あのさ、あの話ー…」
「へ? ……あー! あれだな! え、聞きたい? 聞きたいんすか? おけ、わかった! 栄司だからな! おっと、周囲確認! 異常なーし! ……実はなぁ……」
矢部がうれしそうな顔で話し始めた。
矢部の顔はいつもより輝いていて、見ている自分も嫌な気分じゃなかった。
そんな俺は相づちを打ち、驚きながら話を聞いていた。
移動の際、ふと窓から、外の景色が見えた。
澄み切った青色の海と、所々に浮かぶ白い雲の島。
……綺麗な青空だな、なんか久々に見たかも、と心の内で思った。
肩を叩かれる。
「栄司?」
「お、わり」
まあ――青空なんてどうでもいい。
どんなに青かろうが、赤かろうが、俺の人生は変わらない。
いや、人生について語る年じゃねーだろ、俺。
***
思えば、あの青く蒼く澄み切りに澄み切ったあの空こそが、予兆というか、伏線だったのかもしれない。
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