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淡々と一時間目、二時間目と過ぎていき、残るは帰りのHLだけとなっていた。
「栄司ぃ~」
席に呆けて座っていた俺に、矢部が笑顔で話しかけてきた。
常に笑っていやがるこいつ。
「なんだよ、さっきのプリントなら、俺もやってねえぞ」
「ふん、アホウが。それならもう別の奴に見せてもらったワ。つか、お前もやってなかったのかよ? あー、どうせ妄想でもしてたんだな、そうだろ」
「だから、何だよ」
「あー……実はデスネ、今日は由香ちゃんと一緒に帰るからさぁ、栄司とは今日は帰れねえんだよ。わりィなっ」
にやけながら「ごめん」のポーズを取る矢部。詫びているけど、詫びてないように窺える。
「わかった。つか、お前部活は?」
「今日は無し」
「なんで」
「サッカー部がグラウンド全体で試合するらしいからな。野球部は退いてろって感じ」
「ふぅん」
すると、矢部がいきなり腕で顔を抑え始めた。
「……にしてもよ……とうとう俺は……やったんだ……この時をどんだけ待ち望んだか……」
矢部の泣く真似。見慣れたものだ。
しかし、今回は僅かに本気を感じさせた泣き真似だった。
まあどうでもいいけど。
「お前、遊ばれてるんじゃないの?」
さり気なく、冗談混じりに訊いてみる。
すると、先ほどまで泣き真似をしていた矢部が急に両手で机をバンと叩き、目を見開かせて俺の顔を覗いてきた。
「!? バッ、バカやろ! んなこと……………………」
ちょっと矢部は本気にとらえてしまったようだった。申し訳ない感じが巡った。
「う、うそだようそ。本気にすんなよ」
「……うそでも言うなよな」
今の点には触れないようにしよう。
すると、教室に設置されているスピーカから電子音で作られたチャイムが放たれた。
教室、廊下に響き渡り、生徒たちの耳に届く。
それを聞くと矢部は顔をこちらに向け、右手を軽く挙げ「んちゃ」と席に戻っていった。
帰りの会の始まりだ。
ふと矢部を見ると、周りに悟られないように、俯きながらニコニコと笑っていた。先ほどの不安はもうどこかに飛んでいってしまったらしい。……ある意味羨ましい。
しかし、本当に嬉しいようだった。
俺も思わず笑みが零れた。
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