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手折れそうな百合の花のような。
光秀を初めて見たのはまだ尾張の人質でさえなかった。そして三郎殿がこの自分に手を差し伸べてくれたよりは後だった。
初めて触れている。
一度だけ三河の外れで重ねた唇を笑って済ませた以外で。
それも三途を覗き見ようとしているこの人に。
抱えの忍びが抱き上げている男が、殿(しんがり)の中にいるはずの人間だと気付いていながら、家康は己より頭ひとつは背の高い男からその人を受け取った。
「自分のものにしたって誰も文句はいわねえと思うけど?」
手際よく手当てされているが、まだ目も覚めていないらしい光秀は死んだように無防備だ。漸く息のつけたこの山中で、疲れきった輩にはあまり魅力的な進言ではない。しかし、その辺り自分が可笑しい位底がないと、もういい加減家康も自覚している。でなければ容姿だけで狸などとあの三郎殿が言うはずもないのだ。
ただ家康には分かっている。
光秀は許すだろう。かつても感じたことだが、光秀にはあまりそれに対する制約がない。
許さないのは、信長のほうだ。
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