雷光

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 天文17年。  尾張織田信秀と美濃斎藤道三は幾度か刃を交えた敵同士であった。  が、道三は、先年よりの外敵・土岐の残党ども、織田は今川など、それぞれ牽制せんが為と互いの利害が一致し、隣国同士講和と相成った。  つまり同盟である。  折りに、織田はその同盟を更に固める為、嫡子である信長と、美濃の宝と名高い道三の娘、濃姫・帰蝶との婚姻を計画する。  だが、道三はそれを渋っていた。  確かに表面上は願ってもない――道三は元を辿れば一介の油売り。つまり流れの商人である。影では卑しい身分の、成上りだと言われて居る事くらい先刻承知の上での――婚姻である。しかし信長のウツケぶりはこの美濃に届く程に有名な話で、同盟以前に、男として信長の器量を疑った為だった。  この時、婚儀に当たり、織田からの使者に当たったのは、信長の幼い頃より養育係として心身を尽くして来た平手政秀である。  平手は余計な事は言わなかった。 「若殿は稀代の器。いずれこの日の本を一つにされる方でございます。美濃の方におかれましては、その暁には姑として東海、駿河遠州二国を結納の品としてお納め致す所存」  鬼気迫る平手にその口上を聞いた一同が息を飲む。  正に空手形であった。ざわりと嘲る空気が沸きかける。道三はそれらを手を上げて収めると、薄い口髭をひねり、思案を巡らせた。  何とは言え、平手は信長側の人間である。欲目が無いとはゆめゆめ思えない。  平手の話をとりあえず受け入れる振りをして退室させた、その夜。  道三は一人行灯を背に、静かに考えにふけっていた。  確かに信長という若造は侮れぬかも知れぬ。何とは言え、守役三人が、寄ってたかって矯正しようとしたウツケぶりを今の今まで続けているのがその片鱗と見える。  だが、大言壮語が身を滅ぼすは必定であった。軽々しく語る様なものではない。  しかし平手の様子は道三が思わず承諾してしまう程、真摯で確信に満ちていた。 「試してみるか」  道三は暫く思案した後、小さく呟き、高く二度、手を打ち鳴らした。 「誰ぞおらぬか」  速やかに音も無く襖が引き側近の一人が顔を見せる。 「明智城に遣いをやれ」  潜められた声に側近は黙って頭を垂れた。  そうして、光秀は運命の導くままに、かの男と出会う。  この時光秀二十歳。  信長十四歳。  二人は互いに侮りながら出会うのだった。
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