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その微笑みが、ふわりと寄り添って長政の手を掬った。
先程何故気付けなかったのか。ひやりとした手に、反してぞくりと背が粟立つ。
覗き込む無礼を甘やかな笑みが打ち消して、頭をもたげた食指が――だが出すには時のない身体だが――その手を掴み返す。
「また近いうちに」
短く。
光秀は全ての用はすんだとばかりに囁き、立ち上がった。するりと抜けた手のひらが、さも忙しく木襖を開ける。
引き留める言葉も思い付かぬ間にたちまち姿をくらませた男の、去り際に流した視線が長政の動きを縛っていた。
近いうちに。
――いや。そんなはずがない。
光秀は戦火の内に死ぬ運命だった。先ずそれを知るはずもなく、その、引導を渡すのが、長政か、或いはかつて仕えた家かなどわかるはずもない。だが、予想する陣形、布陣ならば、確かにそれは長政の役目であった。
まさかと鼻で笑い飛ばし、明智家臣は主と共に去ったと報告を受ける。それが今生の別れに違いないと思えなくなった己に、長政は苛立ちを隠せなかった。
数日後。
長政は赤々と燃える松明を指揮がわりに馬上にあった。
南蛮具足というには足らないが、充分今風の胴丸や草ずりが、焔に照らされて鈍く光っている。
信長の命は今や風前の灯火だった。
この闇の中で、多少抵抗があるようだが、なんのことはない。
「信長を逃がすな! ここが正念場ぞ!」
長政は内心の笑いをこらえ、今一度、吼えた。
信長が近江の平定を口実に敦賀へと進軍し、越前までをも我が物とする策は火を見るより明らかな物だった。長政にとって――北近江にとって、朝倉は信長より濃い盟友である。たとえ頼りには出来ないと分かっていても、後ろに控える海は近江にとって濃尾よりも遥かに近く、信長より余程反目を生まない相手だった。
その越前の、敦賀平野も目前。金ヶ崎の峰へと長政が離反状を送ったのが廿四。朝倉が放棄したと見せかけた疋田城を攻め落とし、長政は北国街道を敦賀へと進んでいた。疋田城は油断しきっており、蜂の巣をつつくよりまだひどい混乱ぶりを露呈しながら散ったのである。暗闇での進軍は難しく、困難だが、長政軍の士気は高かった。
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